奪還作戦 後編(2 / 5)

驚きを隠せないヴルバトラを、ワーモング・デュラハンは低く不気味な声で嘲笑った。


「まさか攻める先の帝国に勇者がいないとハ……何とも喜ばしいことヨ。侵攻にあたっての大きな障害のひとつガ、何もしない内から減ったのだかラ」


「クソ……! 早く、帰還せねば……!」


「こちらが容易く帰してやるト……そう思うカ?」


魔族やモンスターたちがヴルバトラを逃がさぬように大きく囲った。


「俺が貴様に情報をくれてやったのハ、貴様がここから生きて出ることが無いからダ」


「……ッ!」


ヴルバトラは歯を食いしばって、辺りを見渡すが……自身を取り囲むその円に、到底隙など見出だせない。と、その時、黒い影が鋭い動きでヴルバトラの目の前に迫った。


「くっ!?」


間一髪、ヴルバトラはその動きを見極めて大きく退避する。牛頭の魔族が、一瞬前までヴルバトラが居た場所へと巨大な斧を振り下ろして、地面に大きなクレーターを作っていた。


「オウオウ、さすがに勇者なだけはある。なかなか動けそうじゃねぇの」


「……なんだ、貴様は……!」


「俺は魔王軍次期幹部のミノス・アークテリクス。次期っつっても、俺より強いヤツなんざ魔王軍にもそうそう居ねぇだろうからなぁ、実質このオグロームを守護する【最強】の幹部みたいなもんよ」


ミノスと名乗ったその牛頭はそう言って、ワーモング・デュラハンの方を振り返り挑発するようにニヤリとする。が、一方のワーモング・デュラハンはそれに対して特に反応を返すことはなかった。


「チッ、たかだかデュラハンから【逸脱】した程度の幹部のクセに、お高く留まりやがって。……まあいい、今はせっかくの機会だ。俺が1対1サシで相手してやるぜ、勇者サンよぉ」


「なんのつもりだ……?」


「お前に絶望をくれてやろうってだけさ。俺たちの幹部候補の中には逸脱者アウトサイダーが3体いてなぁ。その内のひとりであり、最強なのがこの俺だ」


「……!」


「クハハッ! いいぜ、表情が変わったなぁ!」


ミノスは嗜虐的な笑みに頬を歪ませた。


「そこから絶望まではもう一息ってところだぜ! 俺ひとりにすら敵いっこないお前が! これだけの幹部候補たちに囲まれて! 生き延びる確率は果たしてどれくらいだろうなぁッ!? さあ喰らいな! 俺の逸脱したこの能力、【きょ──べハァァァァァッ!?」




──それが、牛頭の魔族ミノスの断末魔だった。




「──無事かっ、ヴルバトラっ!」


「え、え……?」


ミノスの体を三等分にしてヴルバトラの目の前に着地したのは、Sランク冒険者であり、そしてヴルバトラの頼れる戦友──テツトだった。




* * *




……さて。


俺がオグロームにたどり着いてからすぐ、何やら轟音が鳴り響いたのでそこに駆けつけてみれば……そこには多数の魔族やモンスターに囲まれ、今にも攻撃されそうになっているヴルバトラの姿があった──


──ので、とりあえず斧を振りかぶっている牛頭を瞬殺しておくことにしたよ。


「おいおい、しかし……なんかこっちも聞いてた話とずいぶん違くないか? なあ?」


俺が振り返ると、ヴルバトラは目を丸くしていた。


「テ、テツト……貴君、いったいどうしてここにっ!?」


「ああ、それが外の状況がかなり変わっててな。ヴルバトラを助けにこなくちゃと思って……」


「外は……帝国はどうなっているっ!? 侵攻されていると聞いたぞっ!?」


「お、落ち着けよヴルバトラ。大丈夫だよ。さっき俺も幹部みたいなヤツをひとり倒したし、帝都に侵攻している魔王軍の頭を押さえてるのは、なんていったってロジャなんだから」


俺の言葉を聞いて、ヴルバトラはようやく安堵の息を吐き出した。


「そう、か……そうか。ありがとう、テツト……! 貴君らが居てくれて、本当に良かった……!」


「当然のことをしただけだって。ところで、こっちの状況はどうなってるんだ? なんかやたらと威張ってそうなヤツが多いけど……?」


「うむ、それが──」


ヴルバトラが口を開こうとした矢先、


「なんダ、貴様ハ……?」


ヴルバトラとは別の低い声が響く。それはどうやら、宙に浮く3つの頭のうちのどれかから発せられているらしい。


……なるほど、あれがワーモング・デュラハンってヤツか。率直な感想を述べれば、ずいぶんとグロテスクな外見である。ルッキズムは良くないって分かってるけど、いや、それにしてもアレは禍々し過ぎるな? いかにも敵って感じだ。


「どこから現れタ? この街に潜んでいたのカ?」


「いや、外の魔王軍を突っ切ってきたんだけど?」


「笑えない冗談……と言いたいところだガ、あのミノスを一撃で屠るとハ……油断ならヌ」


ワーモング・デュラハンがそう言うなり、周りの魔族・モンスターらが一斉に構え始めた。


「……状況はよく分かったよ、ヴルバトラ。これはひとりじゃ大変そうなヤツだな」


「ああ、理解が速くて助かるよ、テツト」


俺とヴルバトラもまた、剣を構える。


「どうする、テツト。残りは9体……どちらかが5体を相手にするか?」


「いや、ヴルバトラはワーモング・デュラハンの相手に専念してくれ。他の雑魚たちは俺に任せろ」


「いや……テツト、それはあまりにも無謀だぞ! 周りの魔族どもは魔王軍幹部ではないものの、それに近しい力が──」


「──シャアッ!」


そのヴルバトラの言葉を遮るように、唐突に、地面からサメ型のモンスターが姿を現し俺へと飛びかかってきた。


「シャシャシャアッ! 誰ガ、雑魚──!」


「お前のことだ、塩焼き」


「──!」


俺が剣を振るう前に、マヌゥが展開した【なんでも沼オールフロムディス】から杭が飛び出して、サメ型モンスターの口から尻尾までを貫いていた。……ちなみに本当に塩焼きにするつもりはない。


──ワーモング・デュラハンを除き、残り7匹。


「ほら、雑魚ども。遊んでやる。俺に向かってたかってきな」


「なっ──言わせておけばァッ! 全員でかかれェッ!」


魔族たちが一斉に俺に向かって飛びかかってくる。


「さあヴルバトラ、お前は行けっ!」


「だ、だが……!」


「いいから! 俺を信じろ!」


「……ッ! 死ぬなよ、テツトッ!」


「もちろん。ヴルバトラもな!」


「当たり前だ!」


ヴルバトラが一直線にワーモング・デュラハンに向かっていくのを見送り、俺は俺に向かって来る7体の魔族・モンスターたちに視線をやる。


……さて、やるか!

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