奪還作戦 後編(1 / 5)

「──ここまででよい。送ってもらい感謝する。貴君らは来たルート通り、見つからずに戻るように」


ヴルバトラは馬車の御者へとそう声をかけると、気配遮断の魔術をかけている馬車から降りる。オグロームの正面を大きく迂回して、数時間をかけて裏にまで回ってきた。予想通り、魔王軍の警備は少ないようだ。


「久しく感じるな……我らが帝国の街、オグロームよ」


ひと言そうこぼすと、強く地面をひと蹴りして大地を駆ける。オグロームの外壁までの距離、約2キロ。暗闇の中、たまに魔王軍と思しきモンスターたちとすれ違う。しかし、


「ッ!?」


ヴルバトラがそれを苦にすることはない。並みのモンスター数体、数十体程度では足など止めず、すれ違いざまに切り刻む。そうしてオグローム外壁までたどり着いた。


「フッ──!」


10メートルほどある外壁を飛び越え、オグローム市街へと着地。


再び、走る。息の乱れは無い。ヴルバトラにとって2キロ程度を全力疾走するなど、丸一日剣を振り続けていたこともあった戦争時に比べればなんとも楽なことだ。


……ワーモング・デュラハンの居城は……恐らくかつてのオグロームにあった富豪の家。オグローム中央に存在する大きな邸宅だろう。


そこへと向かい、建物の間を駆け抜ける。目立たぬように、されど時間をかけぬように速く。ものの数分で中央通りまでやってくる……が、


「侵入者ァ──発見ンンンッ!!!」


「ッ!」


「ブホホッ、オレ様、鼻良イ! 気配絶ッテモ、無駄ッ!」


ヴルバトラへと、いつの間にか真横に迫っていた四足走行するイノシシ型のモンスターが突進を仕掛けてきていた。


「ハッ!」


地面を強く蹴り、ヴルバトラは跳ぶ。辛うじてその一撃をかわすことができた。が、しかし。


「アマァァァイイイっ!」


そのイノシシ型モンスターもまた、飛んだ。


「オレ様、羽、持ッテルウウウ!」


「っ!?」


ヴルバトラはそのイノシシ型のモンスターのことは知っていた。帝国にも出現する【マリボー】という小型モンスターであり、そこから進化していくと2m級の大型にまで成長していく。


……が、羽を持っている個体など見たこともないし、ましてや知性を目覚めさせたモンスターなどそうそう居るものではない。


「オレ様、【マリシテン】! オ前ブッ殺シテ、幹部ニナル!」


「知らぬ名だ……!」


ヴルバトラは剣を抜く。愛剣──【ルナティック】。宝物級の鉱石であるミスリルと月の石を打って作られたその白い刀身は、地割れに巻き込まれても折れず、また鉄をも紙のように容易く斬り裂く鋭利さを持つ大業物おおわざものだ。


「はぁぁぁっ!」


マリシテンが突き出してくる牙に、ヴルバトラが剣で応じる……一太刀では斬れなかった。


「……!」


……このモンスター、強い! 


冒険者の討伐適正ランクでいうところのSなんて目ではない。どう低く見積もっても、先の戦争で帝国を襲っていた魔王軍師団長級の実力はある……が……!


「私には……こんなところで無駄な時間を費やすヒマはないッ!」


「ウグッ……!?」


1合、2合、切り結ぶたびにヴルバトラが優勢に転じていく。


──帝国きっての剣の天才と呼ばれたヴルバトラ、その才能の根源にあったのは筋力でもセンスでもない、【見極め】の鋭さである。剣の極致が見えるからこそ、その道の最短を行くことができた。だが、その見極めは何も剣に関することばかりではない。


「チビ女ノクセニ、吹キ飛バナイ……!?」


「フンッ、力任せの攻撃など重心を捉えてしまえば──なんてこともない!」


「ウッ!?」


──敵の攻撃、防御、そして戦場に影響を及ぼすありとあらゆる要素……その全てをヴルバトラは見極めることができる。敵の攻撃を見極めれば……最良の避け方・受け方もヴルバトラの思うがまま。体格差すらも、ヴルバトラを脅かす条件になりはしない。


マリシテンの攻撃を受け流し、そのバランスを崩させる。ヴルバトラはその隙を逃さない。愛剣ルナティックへと光の粒子──生命エネルギーを満たしていく。


……瞬間的に、ヴルバトラは全力を出した。


一気呵成いっきかせいだッ!」


「フグァ──ッ!!!」


ヴルバトラの放った9つの斬撃が、マリシテンの目には止まらぬ速さでその体をサイコロ状に斬り裂いた。マリシテンは塵となって、消滅する。


「……よし、使った力は最小限。これならまだなんとか……」


ヴルバトラは自身に残る生命エネルギーの残量を確認し、先を急ごうとして……しかし、


「──ふム、乗り込んできたのは貴様だったカ、勇者ヨ……」


「ッ!!!」


上からした声に、ヴルバトラは正面の高い建物を仰ぎ見る。そこに居たのはワーモング・デュラハン。今回のターゲットである魔王軍幹部、その当人だった。


「ワーモング・デュラハン……! なぜこんな市街に貴様が……」


と、一瞬驚きはしたものの、討伐対象が自ら現れてくれたのはむしろ僥倖ぎょうこうではある。そうヴルバトラは考えようとして、しかし──。


「オイオイ、アイツが帝国の勇者かぁ? ずいぶんと細っこくって、弱っちそうだなぁッ!」


「まあまあ、まあまあまあ、油断はしないことです。まあ、帝国の戦線が5年も維持されたのはあの勇者の采配あってこそ……とまあまあ、そんなデータが出ています」


ワーモング・デュラハンの隣に、2つの影。牛の頭をした筋肉隆々の3m級の魔族に、黒いローブをはためかせた魔術師風の魔族だった。それだけじゃない。


「くっ、なぜ……!?」


周囲へと次々に魔族や高ランクのモンスターなどが集結してくる。その数、ワーモング・デュラハンを除き総勢9体。身にまとう雰囲気から察するに、そのどれもが恐らく……先ほどヴルバトラが倒したマリシテンと同格か、それ以上だった。


「なぜ、オグロームにこれほどの戦力が……!」


「それはこちらのセリフだナ……なぜ勇者である貴様がここニ?」


ワーモング・デュラハンの宙に浮かぶ3つの頭、そのどれもが表情を訝しげに歪める。


「帝国は帝都を捨てる決断でもしたのカ? 魔王軍の侵攻に対して守りを固めズ、オグロームに勇者を乗り込ませる意図が不明ダ……」


「魔王軍の侵攻だと……!?」


「ム……? その反応、まさか知らないで乗り込んできたのカ……?」


「……どういうことだっ! 説明しろ、ワーモング・デュラハンッ!」


「ククク、これはなんとモ、奇跡的なめぐり合わせがあったものダ……!」


ワーモング・デュラハンが、不気味な笑い声をあげる。


「いいとモ、教えてやろウ……。我々魔王軍はつい先ほど帝国への侵攻を再開しタ……万のモンスターを率いテ、万全の布陣での侵攻ダ」


「な……!」


衝撃の事実に、ヴルバトラがその目を見開いた。

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