奪還作戦 前編(6 / 7)

俺の渾身の一撃によって男は大きく吹き飛んだ──が、しかし。


「……なるほど、これまた厄介な。生命エネルギーの出力がまるで精霊の戦士そのものではないか……」


「なっ……無傷、だとっ!?」


男は今まで背中に折りたたんでいたらしい翼を広げて空中で体勢を整えると、軽くため息を吐くだけだった。


「……魔力波警戒レベル超級の逸脱者アウトサイダーの出現に加え、これほどまでの精霊使いの出現……やはり俺の判断は正しかった。これまで侵略の優先度は低かったが……今や帝国は最優先で潰すべき存在だ」


男はひとり納得げに頷くと、禍々しく黒いオーラをその身にまとう。


「まあ、俺に遭ったが運の尽きだ。貴様を葬るこの【無敗のドグマルフズ】の名を脳裏に刻み、絶望に暮れろ。貴様の攻撃は俺に通じない」


「ッ!?」


ドグマルフズと名乗ったその男の姿がまたもや視界から消える。初撃の時よりもさらに速く、マヌゥの生命エネルギーすべてを目に集中してなお、追い切れない。こうなったら……!


「ヌゥンッ!」


ガキン! 俺の剣がなんとかドグマルフズの重たい黒剣の一撃を止めた。


「ほう、目で追うのを諦め感覚に頼り切ったか……悪くない判断だ」


「さっきから、上から目線でモノを言いやがってッ!」


ドグマルフズの黒剣を弾き、全力の一撃をその体へと見舞う。2本の剣は確かにドグマルフズの体を真一文字に斬り裂いた……はずだった。


「残念だったな。まるで効かん」


「嘘だろ……!? まともに入っただろ、今のは!」


「入ろうが入るまいがどちらにせよ無駄なこと! 俺の【無敗】を上回るモノはこの世にただひとつ、魔王様のみなのだから!」


「ぐあっ!?」


再びのドグマルフズの一撃に、俺の両手の剣が折れた。黒剣の威力は先ほどよりも大きい。しかも、それだけじゃない。追撃とばかりに黒い魔力の杭のようなものが、上から降り注ぎ襲い掛かってくる。


「──マヌゥッ!」


『【なんでも沼オールフロムディス】!』


再び、俺の両手に剣が握られる。


「ラァァァッ!!!」


俺は凄まじい勢いで次から次へと落下してくる杭を、両手の剣を振るい打ち払うが、


「体の防御がお留守になっているぞ?」


「ッ!!!」


上からの攻撃に手いっぱいで、地上から迫るドグマルフズに気が付かなかった。黒剣が俺を真横に両断するように横なぎにされる。


『──させませんのですぅッ!』


マヌゥの声が脳内に響く。直後、俺たちの足元が歪んだかと思えば、そこから大量のロングソードが剣山けんざんのようにドグマルフズ目掛けて突き出した。【なんでも沼オールフロムディス】から、マヌゥが直接出した攻撃だ。


「ぬぅッ!?」


剣山がドグマルフズの体を押し返し、その黒剣の狙いは紙一重の距離で俺からは外れ虚空を斬った。


「た、助かった……! ありがとう、マヌゥ!」


『なんのなんのなのですよぉ! 私たちは一心同体なのですから、こんなのは当然のことなのですぅ!』


なんとか、マヌゥのおかげで九死に一生を得た。


……とはいえ、当然いまの不意を突いた一撃でもドグマルフズにダメージは無いんだろうな……と。そう思いつつ見やると、


「……ッ!」


ドグマルフズは出血していた。先ほどのマヌゥの【なんでも沼オールフロムディス】剣山の当たった体のアチコチに深い傷を作り、表情を歪めている。


「……あれ?」


……さっきまでは俺のどんな攻撃にもまったくダメージを負っていなかったはずだ。それが、なぜ突然……?


「な、なんだ、その力は……ッ!?」


「えっ? なんだって言われてもな……」


負傷した当の本人であるドグマルフズにも訳が分からないようだった。その言葉から読み取れるのは、【本来だったら自分の体が傷つくはずがないのに】という困惑だ。


……ただ、今の一撃はマヌゥの力そのものによる攻撃だった。それが原因なのだろうか? ……確かめてみる価値は、ある。


「マヌゥっ!」


『はいっ! 承知なのですぅ!』


融合している俺たちの間に、言葉を介した意思疎通は不要。俺の考えた通りに、マヌゥは足元の沼の範囲を大きく広げた。浅い沼だ。相手は足を取られるだろうが、俺は違う。


「フッ──!」


俺はいつも通りの速度で駆け出した。俺が足を踏み出す地点だけはマヌゥが沼状態を解除してくれるので、いっさいの減速はしない。俺は両手の剣を振りかぶって、左斜めからドグマルフズに急襲を仕掛ける──と、見せかけて、


『いっけぇーッ! なのですぅ!』


同時に、ドグマルフズが身を避けるだろう方向へとマヌゥの剣山を突き出させる。


──が、しかし。


「見え透いた作戦だ……ッ! 【剣山ソレ】はもう喰らわん!」


ドグマルフズはあえて左斜め前、俺の攻撃を受けてしまうだろう場所へと1歩足を踏み出してきた。


「なッ……!?」


「俺が注意すべきは唯一、貴様の精霊のみ! 貴様のその剣の攻撃では俺に傷はつけられ──」


──『ない』、と。その言葉は続かなかった。


ザシュゥッ! 多量の鮮血と共に、ドグマルフズの右腕が宙を舞った。


「……ッ!?」


「……あれっ?」


……俺からの攻撃が、通った?


完全に『作戦を読まれた!』って思って焦ってたのに。いったいなぜ……と思考し、瞬時に俺は理解に至る。さっきまでの俺の攻撃が効かなかった時の状況との差と、マヌゥの一撃の時との類似点に気が付いた。


「そうか、【沼】か……! コイツは、沼の上だと攻撃が通るようになるんだッ!」

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