獣王国 前編(5 / 5)

──夜。


雲がかった月がもたらす僅かな光を頼りに、俺たちは獣王国の黄金郷への道を歩いていた。


「ご主人……夜目が利かないご主人が戦うより、やっぱりボクが戦った方が……」


「安心しろよ、シバ。俺もマヌゥと融合してるんだし、生命エネルギーを目に集中させれば動きくらいちゃんと目で追えるさ」


「くぅん……心配だよぉ……」


耳を垂らすシバの頭を撫でる。


「まあ、テツト様に万一のことがあるとは思いませんが……いざという時は私たちも参戦しますからね?」


ジャンヌもまた心配そうに俺の後をついてくる。


「獣王国の方には申し訳ないですが、黄金郷よりもテツト様の身が大切ですから」


「……あまりそういう展開にはしたくないな。黄金郷に何かあったら、これから獣王国の協力が得られにくくなるだろうし」


ちなみに、今回俺に同伴してくれているのはシバとジャンヌのみ。黄金郷での戦いは【1対1タイマン】が前提ということもあるし、全員を連れてくる必要はないと判断した。


それに……俺がメイス・ガーキーを倒した後、魔王軍が即座に獣王国の中心部を攻め込んで来ないとも限らないしな。


それからしばらく歩き、


「……ここが黄金郷か」


辿り着いた先にあったのは遺跡のような場所。建物がチラホラと倒壊状態で点在している。よほど古いのか切り出して使われている岩にはボロボロと崩れているものもあった。


「金の要素は……ないですね」


「ああ、そうだな。もしかしたら埋まってたりするのかもしれないけど」




「──あらまぁ、黄金目当ての盗人さんかいな」




突如、暗闇から声が響き、即座に俺たちは戦闘態勢を取った。


「そんなに警戒しなさんしぃ、獣王国の戦士さんやないんやったら用は無いさかいに」


「……お前が魔王軍幹部のメイス、だな?」


「っ? あらあら、もしかしてお兄さんが今日のお客さんかいな、獣臭さがあらへんし、ただの人間かと思うとったんやけれど……わらわと戦ってくれはるん?」


「そうだ。お前のことを倒しに来た」


「ふ~~~ん? 今夜は月が隠れてるさかいに、シルエットしか見えへんけど……獣人に比べたらえらいほっそい体やないのぉ? そんなんでわらわとマトモに戦えるやろか?」


「やってみれば分かるさ」


俺は剣を抜くと、シバとジャンヌを後ろへとさがらせる。


「ご主人、気を付けて……! アイツ、身の運び方がすごく静か……何の気配も感じさせなかった。すごく強いよ……!」


「ああ、分かってる」


「ご武運を、テツト様」


「ありがとう、ふたりとも」


俺が剣を正眼に構えると、メイスはこちらをあざけるように笑い始める。


「ぷ~、くすくす。わらわを相手にご武運なんて、えらいタチの悪い冗談やわぁ」


「悪いけど、軽口に付き合うつもりは──ないッ!」


俺は暗闇に紛れるメイスの影に向かって大きく足を踏み込み、剣を勢いよく横に薙いだ──が。


「あらぁ、速くて力強くてビックリやわぁ……お兄さん、ほんに強いやん?」


「っ!?」


俺の剣が羽のようにフワリと浮き上がり、空を斬る。メイスの手の甲によって撫でるように剣の腹を押されて狙いを外されたのだ。


「剣技に自信アリなんやねぇ……? でも残念やったなぁ、近接戦でわらわに勝てる存在なんておらへんのよ」


「なんだと……!?」


マヌゥの力を借りて速度と威力の増した俺の剣による攻撃を容易くかわしながら、メイスはクスクスと笑い続ける。


「無駄無駄ぁ~。だってわらわ、【功夫導師クンフーどうし】の逸脱者アウトサイダーやもん。【肉体・精神的鍛錬を導く師】という概念そのものがわらわ。言ってる意味、分かりはる?」


「はぁ? 全然わかんねーな!」


マヌゥがメイスの周辺に剣山を発生させ逃げ場を塞ぐ。その隙に俺が一太刀をいれようとしたが……しかしそれも猫のようにしなやかな動きで逃げられる。


「ぷぷ、ざっこいざっこい♡ ざこざこ脳筋戦術♡ 脳みそだけ獣人♡」


「はぁっ!?」


「ちょっとは頭働かせぇな。功夫導師クンフーどうし……つまり、実戦や修行で培ったモノの頂点にわらわが居るということや。経験的・体系的な技はわらわに通じひん。努力した分だけわらわには勝てなくなるってことなんよぉ」


「なんだそれ……ズルすぎだろッ!」


「負け犬ざこざこお兄さんがピーピー鼻を鳴らしてはる、可愛いわぁ……。雲がかって暗いのが残念や、悔しがるお顔が見たいのに。もっと近う寄ってやぁ?」


「このっ……言いたい放題言いやがって! メイス・ガーキーめッ!」


俺の攻撃はやはり通じない。メイスは軽やかに体を翻すと、


「くすくす、ざこざこワンちゃん──お手しぃやっ!」


「──っと!」


俺のその攻撃のスキを突いて掌底しょうていを繰り出してくる。しかし、俺もまた剣でさばきかわした。空圧からするに、まともに喰らったらヤバそうな威力だ。


「ふ~~~ん、今のをかわせるのはすごいなぁ? ざこざこお兄さんのクセに、ちょっとは強いやん」


「ザコなのか強いなのかどっちなんだよ」


「あ~~~! それそれ! ええツッコミ! ますます気に入りました。どないやろ、わらわの相方にならへん?」


「相方ぁ? 何が狙いか知らんけど断る。魔王軍幹部は全員、倒させてもらう」


「あらぁ、残念。やけど、わらわを倒すんはざこざこお兄さんじゃ無理やと思うわぁ」


「さて、そりゃどうだろうな?」


俺は再びメイスへと肉薄する。そして剣をその首めがけて再び横なぎに。


「だから、言うとるやろぉ? わらわに剣技は通じひん、って」


「そうだな──【剣技】はなっ!」


「っ!?」


剣の攻撃はフェイク。俺は剣を手放し、剣の腹を押し上げるように弾こうとしたメイスの手──その手首を、俺はガッチリと掴んだ。


「くくくっ……ようやく捕まえたぞ、メイス・ガーキー……!」


「くっ、放しんさいなっ!」


「嫌だね、絶対に放さない……!」


俺はメイスの両手首を掴むとその体をただただ力任せに地面へと組み伏せた。


「ぐっ……力ぁ、強ぉ……っ!?」


「大人をナメるなよ、メイス・ガーキー!」


「くっ……でも、ぷぷっ! 脳筋お兄さんはここからどうする気なんやろなぁ? お互い手が使えへんようになって、決着もさせられへんのとちがうっ?」


「メイス、お前キョンシーなんだって?」


「……だったら、どないやっていうん」


「アンデッドがよ……莫大な生命エネルギーに充てられたらどうなるかな?」


「──っ!?」


「そう。浄化だ。浄化されちまうよなっ!」


息を飲むメイスへと、俺は自身の体をまとっているマヌゥの生命エネルギーを流し込んだ。


「──ぐっ、あぁぁっあぁぁぁんッ!?」


「苦しいかっ? だがこれで終わりだと思うなよ……どんどんお前の中に注ぎ込んでやるからな……!」


「くぅぅぅ、こないな、ざこざこお兄さんにぃぃぃッ! 敗けられへんわぁッ!」


メイスが力を振り絞り、強くどす黒いオーラをその身にまとう。


「……!」


それはいつかのドグマルフズとの戦いでも見た、生命エネルギーとは真逆なマイナスの波動を感じさせる魔力──この際【負のエネルギー】とでも呼ぼうか。それが生命エネルギーを押し返そうとしていた。


「悪あがきを……! ならば【わからせ】てやる! 生命エネルギーは、そんな禍々しい力になんて負けやしないってことをな!」


「わからされてなんて、たまるもんですかいなっ……!」


バチバチバチッ! と、互いのエネルギーが弾け合う。しかし、依然として優勢なのは俺とマヌゥの生命エネルギー。徐々に徐々に、メイス・ガーキーの負のエネルギーを押し込んでいく。


「くぅ──そんな、ダメやわ……こんな強くておっきいの受け止めてしもうたら、体が壊れてまうぅ……!」


「終わりだっ、メイス・ガーキー! 俺の全てをその体で受け止めろっ!」


「死ぬッ、死んじゃうぅぅぅッ!!!」


「さあ、逝けぇぇぇッ!!!」


「だめぇぇぇッ! 堕ちちゃうっ、ざこざこお兄さんに堕とされちゃうのぉぉぉッ!」


そして最後の一押し、といったところで。




──月明かりが俺たちを照らした。




これまで雲に隠れて見えなかった月、その灯りが俺たちの姿を明らかにした。


「えっ──」


吐息すら触れんばかりの至近距離、俺とメイス・ガーキーの目が合った。直後、その瞳に色が宿る。メイスはあぜんとしたような、いや、うっとりとしたような表情で俺を顔を凝視したかと思うと、




「──えっ、しゅき……」




負のエネルギーをストンと引っ込めてひと言そうこぼす。するとメイスはさながらつば競り合いになっていた俺の生命エネルギーをまともに受け、直後、その意識を落とした。

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