獣王国 後編(1 / 8)

黄金郷、その遺跡のひとつの中に俺とシバとジャンヌ、それに獣王国の中心部からシバに連れてきてもらったイオリテと獣王国の長であるミーニャが集っていた。


「──おい、起きろ」


俺は声を掛ける。みんなの正面で縛られて座るその少女──魔王軍幹部のキョンシーであるメイス・ガーキーへと。


「おいってば」


「……んん……? ここ、どこ……?」


メイスがうっすらと目を開け、寝ぼけたように辺りを見渡した。


わらわは、アレ……戦っていたんじゃ……」


「そうだ、戦ってたんだよ……俺とな」


「えっ?」


メイスはそこで初めて正面にいる俺に気付いたようだった。そして俺に視線を固定し、瞳孔を開き、頬をピンクに染めるやいなや、




「あ〜♡ お強いざこざこお兄さんやないのぉっ! しゅきぃっ♡」




チューでもしてこようと思ったのか唇を尖らせて、じったばったと暴れ始める。まあ、ジャンヌの聖魔術で椅子に縛りつけているのでもがく以外で身動きは取れないんだけどね。


「それにしてもこの反応、やっぱり……」


イオリテに視線をやると、彼女はコクリと頷いた。


「うむ、間違いないのぅ……確実にテツト、お主のスキルが効いておるわ」


「だよねぇ……」


俺のスキル、それは言わずもがな転生特典として俺がもらった【女の子供ロリにモテる】スキルだ。


……いや、俺は【女の子レディにモテる】スキルが欲しかったんだよ? 決して少女ロリを狙い撃ったわけじゃないんだよ? ただ悲しいかな、この異世界を管理する神様はそうは思わなかったらしい。


「それでテツト……この後はどうするんじゃ?」


「どうするって、何が?」


「この魔王軍幹部の処遇に決まっておろう。トドメなら刺せたはずじゃろう? それなのに生け捕りにした理由はなんじゃ?」


イオリテは腕組みをして俺を見る。


「まさか……お主に惚れたから、それなら命は奪えないとでも言うつもりか?」


「……いや、そんな中途半端なことは考えてないよ」


「ほう?」


「ただ【都合が良い】って思ったのさ。だってこのメイスは魔王軍幹部だ。それなら俺たちの知らない魔王軍についてのことを色々と知っているはずだ」


「……つまり、情報源として扱うため、それだけのために生け捕りにしたということか?」


「そういうこと」


「……本当にそれだけならいいんじゃがの」


「え? どういうこと?」


「なんでもないわ、まあテツトの思うようにしたらいいじゃろ」


イオリテは小さくため息を吐いて後ろにさがる。何か懸念があるみたいな雰囲気だったけど……まあいいか。今は情報収集が先決だ。




「さて、じゃあメイス……尋問の時間だ」




メイスはニヤリと、俺の言葉を受け止める。


「あらぁ……もしかしてヒドいことされてしまうんやろか」


「そういうことはしたくないと思ってるよ」


「紳士やねぇ……ますますしゅきやでぇ」


メイスはあざとく妖艶に微笑んだ。


「それでここはどこなんやろか? わらわどれくらい寝てたん?」


「黄金郷の遺跡のひとつの中だ。2時間くらいしか経ってない」


「あら、素直に教えてくれるんやねぇ? 普通、尋問なんてこっちに渡る情報を制限したりしてもっと厳しくやるもんやない?」


「その必要がないからな。だって……メイス、お前は俺にウソを吐く気ないだろ?」


「……」


俺のスキルは俺にとってほとんどメリットの無いものだけど……でもこういう時にやっぱりチートなんだなぁ、と思う。


……だって相手が【女の子供ロリ】でさえあれば、無条件に自分に惚れ込ませることができるんだから。


敵だろうが関係ない。あるいは俺のことを嫌っていようが憎んでいようが、はたまた同性愛者だろうが異生物愛者だろうがお構いなしだ。


「……エヘヘぇ、せやなぁ。不思議やなぁ、確かにウソなんて微塵も吐く気が起きひん。これが惚れた女の弱みってやつかいな……」


メイスは諦めたように大きく息を吐いた。


「尋問ねぇ、かまへんよ? でもあんまり恥ずかしいことは聞かんといてぇなぁ?」


メイスはとろけたような笑みでコクリと頷く。


「まず確認だ。メイスは魔王軍の幹部で合ってるんだな?」


「ええ」


「どうしてひとりで黄金郷に? 軍は率いてないのか?」


「もちろん率いとりましたけれど、わらわに見合う相方もおらんで暇で暇で……獣王国の戦士は屈強やと耳にして、その相方を探そ思うてね」


「……戦ってる時からちょくちょく聞いてたけどさ、その相方ってのは何なんだ?」


「何って……相方は相方よ? そら漫才の相方に決まっとるやないのぉ」


メイスは『何を当たり前のことを』とでも言うようにコロコロと鈴を鳴らすように笑った。


「魔王軍の部下たちはみぃんなわらわにお堅く接してきて息が詰まってまうし、わらわ攻撃ツッコミに耐えられる者もそうは居らへん。わらわはただ自由にシバき合いたいだけなのに」


「……気兼ねない友達が欲しい、みたいなもんか?」


「ウフフ、友達……何だか妙な響きやねぇ。魔王軍むこうじゃそんな単語聞かへんかったから」


メイスは猫目で俺をじぃっと見つめると、ニコッとする。


「そういうことやさかいに、お兄さん、わらわの相方になってぇな」


「いや、さすがに魔王軍所属の相方は持てないかなぁ……」


「そんなこと言わんといてほしい……もしなってくれたら、わらわなんでも言うこと聞いてあげられます。もう100年は生きとりますけど、それでも肉体はこの通り10歳前後です……お兄さん、こういうの好きやろぉ?」


「いや、俺は子供ロリはちょっと……」


「え、ウソやん?」


メイスがイオリテを指す。


「あの奥さんはもっと幼いやん……?」


「誰が奥さんじゃっ!」


「あら、ちゃうん? お互いに気兼ねない熟練夫婦みたいな雰囲気やったから、てっきり奥さんのひとりや思ったんやけど」


「ちゃっ、ちゃちゃ、ちゃうわッ!!! い、今はまだ……」


イオリテが憤慨したように顔を真っ赤にして叫ぶ。最後にボソリと何か付け足した気がするけど、それは小さすぎてたぶん誰にも届いていなかった。


「……まあ、相方うんぬんは抜きにして、他の話も訊きたいからそっちを先に……」


「えぇ? イヤや。お兄さんが相方になってくれへんのやったら、わらわもう何も話さへんで?」


「えぇっ!?」


メイスがフフッと勝ち誇ったように笑う。


「確かにウソを吐く気はあらへんけど……でも、惚れた相手を手に入れるために【イヤイヤ】するんわ愛情表現の一種やでぇ?」


「おいおい……」


「話してほしかったらわらわと相方になってぇな。陽の照る中では漫才しシバきうて、月夜の下では愛しうて、それってとっても素晴らしいと思わへん? そんな日々の中やったらその内にわらわ、ポロっと色んな情報漏らしてしまうかも──おっと」


メイスが言葉を止めた……俺の後ろから放たれる2つの殺気に圧されるように。


「愛情表現の一種……? ご主人の意思を無視して愛し合うだなんのと勝手なことを……何様のつもりかな」


「メイス・ガーキー……あなたを縛り上げている聖なる縄の力加減は私次第だということをお忘れなく?」


シバとジャンヌが感情を消した能面のような顔で、メイスをにらみつける。


「おお、怖。あちらが奥さんたちやったんかいな」


「どっちもまだ奥さんじゃないっつの……まあいずれ」


「「「──まあいずれっ!?」」」


俺の言葉にシバ、ジャンヌ、それに何故かイオリテも馬鹿デカ声を出す。


「いずれ……奥さんっ!? ご主人っ! いいのっ!? ボクたちが奥さんってことは……!」


「テツト様と、けっ、けけけ、結婚っ!? いいのっ? いいんですかっ? いいんですねっ!?」


「はぁっ!? テツトおま……はぁっ!? もう結婚を考えとるのかぁっ!?」


メイスの尋問中だということも忘れ、3人が迫りきて俺の服を引っ張り回す。


「ちょっ……3人とも、どおどおっ!」


「こっ、これが落ち着いてられるかぁっ! せめてあと10年、我がもうちょっと大人になるまで待ったりした方がいいんじゃないかのぅっ!?」


「なんでイオリテが一番興奮してんのっ!?」


その場は尋問どころではなくなってしまい、とりあえず一時休止。いったん夜をまたぎ明日の朝から仕切り直すこととなった。


ジャンヌの聖なる縄でメイスを椅子に縛り付けておいたまま、獣王国の警備隊で遺跡の周りを囲んでおいて、俺たちはその場所を後にする。




「……生ぬるいにゃあ」




遺跡を振り返り……獣王国の長であるミーニャは誰にも聞こえない小さな声で、ボソリとそう呟いた。

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