困ってる子供3号 奴隷商に捕まったアマゾネス少女(2 / 2)

とても気長な旅だった。


俺と、奴隷売買組織に囚われていた褐色肌の少女は、ふたりで手当たり次第の町や村を訪ね回る旅をした。


「……」ジー


「なんだ? ロジャ、疲れたか?」


「……」フルフル


「違うのか。じゃあ腹減ったのか?」


「……」フルフル モジモジ


「ああ、お手洗いに行きたいのか。いってらっしゃい」


「……」グイグイ


「いや、俺は行かないから。待ってるから。手を引っ張るなー」


少女とは2週間が経つくらいでだいぶ打ち解けるこたができた。ちなみに、俺は少女のことをロジャと呼ぶことにした。


少女には名前がなかった。いや、本当はあったのかもしれないが文字も書けないみたいだったし、言葉も話せないので仕方なくそう呼んだみたら、少女はコクリと頷いて了承してくれたのだ。


この3年、俺は基本的にずっとひとりでしか行動してなかったから、とても新鮮な日々だった。




──そして、半年が経過する。




「ロジャ、今日歩くのはここまでだ」


「……」コクリ


「じゃあ、いつものを始めるか」


「……」コクコクッ


俺はロジャに木剣を渡す。俺もまた木剣を持った。


「よし、じゃあかかってこい」


「……っ!」ブンッ!


「おっ、いい太刀筋だ!」


カンカンと木剣をぶつけ合う。俺はロジャに剣を教えるようになっていた。


俺が旅の道中で依頼を受けてモンスターを倒す姿を見て、ロジャも剣を学びたくなったとのことだ。


「やっぱセンスあるなぁ。剣を初めて4ヶ月とちょっと……もうオークくらいなら倒せそうだ。そのうち俺より強くなるんだろうな」


「……!」フルフルッ!


「えっ? そんなことないって? いやいや、間違いなく俺より才能あるよ。俺が今のロジャくらいの実力になったのは冒険者になって2年目くらいの時だもんよ」


教えてる身としてはちょっと悔しいくらいだ。でも、こういった才能ある子供を救い、そしてそれを芽吹かせることができたというのは、悔しい気持ち以上に誇らしい。


「よし、今日は俺の必殺技を教えてやろう。名付けて【フォアハンドストローク】だ」


「……」コクコクッ


「右手で円を描くようにラケット……じゃなかった、剣を後ろに回して、軸足と腰の回転を思いっきり使い、下から上に斜めに振り上げるんだ!」


ブオンッ! 俺の振るった剣が勢いよく風を切り、あたりに軽い衝撃波を生んだ。


「……!」


「ははっ、驚いたか? コツは手首のスナップと、その手首を返す瞬間に魔力を集中させることだ。一瞬のインパクトの際に、100%の力を込めることを意識するんだ」


この世界には王道ファンタジーの例に漏れず魔力という概念があり、それはあらゆる生物に流れているものである。冒険者や兵士などはそれを自在に操る訓練をして魔術師になったり、あるいは身体を強化して剣技に応用できるのだ。


「まあ、魔力を操るのは難しいから、最初はそれ以外を意識することだ」


俺が魔力を戦闘に応用できるようになったのは1年前、ちょうど鉄製の剣に持ち替えてしばらくしたころだ。


「俺もマスターするまでだいぶ苦労したよ。師匠も居なかったし。色んな高ランク冒険者たちに教えを請いに回ったりしたなぁ」


「……」ポケー


「……まあ、俺は師匠ってガラじゃないけど、ロジャには俺がちゃんと教えてやるさ。じゃあ、さっそくやってみるか?」


「……」コクコクッ!


「よし、じゃあ……向こうに枯れ木が見えるな? あの枯れ木をウチワで思いっきり煽いで吹き飛ばすイメージで振ってみるんだ」


「……っ!」ブンッ ブンッ!


「おお、いい感じだ。フォームはなかなかサマになってるぞ。あとはもっと足腰をしっかり回転させて──」


「……ッ!」バビュンッ‼︎


俺のアドバイスの途中、その音は響いた。


「……えっ?」


気がつけば、俺が的にと指示した枯れ木が真横に真っ二つに切れていた。そして、ロジャが手に持つ木剣は粉々に砕け散っていた。


「マジかよ。ロジャ、お前いま……カマイタチを起こしたのか……!」


ロジャが凄まじい力と速度で振るった木剣が空気を圧し歪め、飛ぶ斬撃を作り出したのだ。それは剣の振り方、足腰の使い方、そして魔力を込めるタイミングを全てを完璧に合わせなければ到底起こせることじゃない。


……ゾッとする。センスがあるどころじゃないぞ? ロジャは間違いなく天才だ。


「……っ」シクシク


「な、なんだロジャ? どうして泣いてるんだ?」


「……っ!」


「木剣を壊しちゃったから悲しいって? ばかだな、凄いことをしたんだから喜ぶところだぞ? 木剣ならまた買ってやるから、そんな顔すんな」


「……っ」シクシク


「えっ? 初めて俺から貰ったその木剣がよかったって? そりゃ困ったな」


……剣は教えられるけど剣の直し方は知らないからなぁ、俺は。


とりあえず俺は泣きじゃくるロジャの頭を慰めるようにぐしゃぐしゃと撫でることにした。




──それから数週間後、俺はとある辺境の集落にたどり着いた。そこは男子禁制のアマゾネスの村だ。


ロジャはどうやらアマゾネスのひとつの部族の生き残りらしいことが分かったのだ。しかし、帰るべきその場所は例の奴隷売買組織に滅ぼされてしまっていたため……別の村までやって来た。


「……テツト、とか言ったね? ホントにこの子をアタシらの村で預かっていいのかい? この子、アンタといっしょに居たがってるみたいだよ?」


そこの村で族長をしているアマゾネスの女戦士は微笑ましそうにして、泣きじゃくり俺から離れようとしないロジャを眺めていた。


「そうだな……でも、頼むよ。俺はこれから危険な旅に出なくちゃならない。ロジャはまだ幼いし、連れて行くわけにはいかないんだ」


少し前、俺たちのいるこの国──帝国から冒険者たちに魔王軍との戦争への徴兵がかかるかもしれないというウワサが出始めていた。恐らくはBランク冒険者である俺も呼ばれることになるだろう。


「分かった。責任を持ってアタシらがロジャを育てよう。同胞をここまで連れて来てくれてありがとうよ」


「いや、こちらこそ感謝する」


俺はいまだに俺にしがみついて泣いているロジャの、その手を優しく外す。


「泣くなよロジャ、一生の別れじゃない」


「……」


「必ずまた会いに来るよ。その時はまた旅をして、色んな強いヤツと戦いに行こう。だから……それまで怠けずに、しっかり鍛錬するんだぞ」


ぐしゃぐしゃ、とその頭を撫でる。アマゾネスの族長がロジャのことを押さえてくれているその間に、俺はロジャに背を向けた。


「またな、ロジャ!」


「……ッ!」


別れは確かに寂しかったけど、でもこれでいい。ロジャも、今は悲しくとも、きっと時間がそれを薄めてくれる。ロジャはこの村で必ずや歴史に名を残すような立派な戦士に成長し、多くの人々から必要とされる存在になるに違いない。


アマゾネスの村の出口に差し掛かる。


「……ショー、シショーッ!」


「っ!?」


それはきっと、ロジャの声だった。初めて聞くけどそれでも分かる。だってそれだけの時間を俺たちは共に過ごした。


でも振り向かない。足も止めない。右手を挙げてもう一度サヨナラと手を振って、歩き続ける。


そして、見送りのアマゾネスたちからもずいぶんと離れた場所まで来て、俺はようやく立ち止まった。


「……ロジャ。言葉を取り戻せたんだなぁ。良かったなぁ……!」


俺は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔面を力いっぱいに拭うのだった。

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