奪還作戦 前編(2 / 7)

──ヴルバトラが説明するに、数日前から突然、魔王軍に動きがあったらしい。


なんでもこれまでほとんど転換のなかった魔王軍の配置が変わっており、モンスターの量も時間が経つごとに増えているのだそうだ。


「これがクロガネイバラへの襲撃と関連するものなのかは分からないが……なんにせよ、不吉だ。こちらの作戦に勘づいて戦力を増強させた可能性は大いにある」


「……じゃあなおさら、オグロームへは複数で乗り込んだ方がいいんじゃないか? いくらなんでもヴルバトラ単身で斬り込むっていうのはな……。ワーモング・デュラハンの周辺だって警護が厚くなってるかもしれないし」


「ああ、それはそうかもしれん。だが私にも【奥の手】はある」


ヴルバトラが人差し指を突き出すと、そこに光の粒子が湧きだした。


「精霊……!」


「これまで契約により溜めてきた生命エネルギーを解き放つ。この力があれば、魔王軍幹部1体に遅れを取ることはまずないだろう……たとえ敵が逸脱者アウトサイダーであったとしてもな」


ヴルバトラは俺たちを安心させるように微笑んだ。


「それよりも問題になってくるのは、ワーモング・デュラハンの特性のひとつ……モンスターの統率と指揮能力についての方なのだ」


「確か、自分の意のままにモンスターを操れるんだったか」


「ああ。だから、仮に私がヤツと戦い始めてすぐにオグローム近郊に集結していたモンスターたちが街に乗り込める状況だったら……大規模な市街戦へと発展してしまう。それは断じて避けなければならない」


なんでも、オグロームの街としての機能はできる限り損なわないようにという帝国の方針らしかった。つまり、街を戦場にしてはいけないということだ。


オグローム奪還後は物流の早急な回復を図り、帝国の早期復興を目的とするためらしいが……なんと安易な考えだろう、と言わずにはいられない。


「物流の回復……それがヴルバトラが独りリスクを負うほどのことかよ……?」


「……目の前の戦に勝つだけが全てではない、ということだろう」


正直、その考えをそのまま飲み込むことは俺にはできないが……ヴルバトラが納得している以上はそれ以上こうすることもできない。


……勝算もあるのであれば大丈夫、か?


「……分かった。俺たちは作戦通り、オグローム近郊の魔王軍を葬り去ればいいんだな?」


「そうだ。昨日時点での報告によれば、魔王軍の数はおよそ1万。できる限りオグロームから軍を離すようにして戦い、あらかじめその郊外に待機させておく帝国兵たちと協力して殲滅に当たってくれ」


作戦についてはそれからさらに詳細を詰め、決行は今日の深夜となった。




* * *




「さて、と……」


決戦も迫っているということで早々に済ませておかなくてはならぬことがある。というわけで、俺たちはあてがわれた待機部屋に向かおうとしていたわけだけど、


「どこをどう行けばいいんだ……?」


宮廷は広かった。その上に侵入者対策か、あちこちで曲がりくねっているため案内がないと迷路のようだ。


「さ、作戦前に頭が疲れちゃうのですぅ」


「まったくだな……たぶんこっちの方で合ってるとは思うんだが……」


クルクルと目を回し始めているマヌゥの手を引いて歩く。


「ここか……?」


部屋番号みたいなものがあれば分かりやすいのだが。宿やホテルじゃあるまいし、あいにくそういったものは無いようだ。とりあえずドアを開けて──


「……えっ」


思わず体を固める。目の前に居たのは──いつも着けている鎧を脱いで一糸まとわぬ姿になったヴルバトラその人だった。


「……」


お互い、動けないまま数秒。しかし、俺はその僅かばかりの時間で全てをこの目に捉えてしまう。引き締まった肢体、控えめに割れた腹筋、そして突き出すように膨らむ胸、尻。とても魅力的なヴルバトラのその姿が、たったの一瞬で目に焼き付いた。


「……なっ!?」


「ごっ、ごめんっ! 部屋間違えたっ!」


俺とヴルバトラ、互いの硬直が解けて俺は慌ててドアを閉めて外に出る。ドアの奥からはドッタンバッタンと音が聞こえて……そうして、またすぐに開いた。


「どっ……どうしてここにテツトが?」


急いで支度をしてきたようで、再び姿を現したヴルバトラはもう裸ではない。上は白のカットソー、下はズボンを穿いて、動きやすそうな服装になっていた。


「その、迷子になってて……ゴメン」


「……いい。謝るな。生きていればそういうこともあろう」


ヴルバトラは顔を赤くしつつもそう言って許してくれた。優しい。


「ど、どこに行きたかったのだ? 案内しよう」


「いや、悪いし……」


「気にするな。作戦前に時間をムダに使うのもバカらしかろう」


それ以上俺が固辞する前に、ヴルバトラは先導し始めてくれる。


「……む? そういえば、貴君のいつもの連れたちはどうした?」


「ああ、シバたちなら先に食堂に向かったんだ。ご飯が食べ放題らしくてさ」


ちなみに食堂へのルートは簡単だ。なにせ、シバの鼻を頼りに動けばいいだけなのだから。向こうはきっと迷子になっていないことだろう。


「テツトたちはいっしょに行かなくてよかったのか?」


「まあ、俺とマヌゥは食べるより先にやらなきゃいけないことがあるしな」


「やらなきゃならないこと? なんだ、それは?」


「いや、ホラ。俺とマヌゥ、このふたりの組み合わせなら分かるだろ? アレだよ」


「……なんだ? 私と貴君の仲なのだ、もったいつけずに教えてくれてもいいだろう?」


ヴルバトラは少し唇を尖らせながら、何のことか分からない様子でなおも食い下がってきた。なんで察してくれないのだろう……


……って、ああそうか。そういえば、ヴルバトラは実際にマヌゥと顔を合わせるのは初めてなんだっけ……?


「あのな、ヴルバトラ……」


「なんだ、ようやく教えてくれる気になったか?」


「……うん。マヌゥはな、初めましてになるだろうけど、以前俺と融合していた精霊なんだよ」


「君が精霊だったのか……!? 大人の女性と大差ない姿じゃないかっ! でも確かに、よく見れば確かに光の粒子をまとっているな……!」


ヴルバトラは大層驚いたようで、目をこれでもかと見開いてマヌゥを凝視する。普通の精霊はこういった姿ではないのだろうか? それも気にはなるが、ともかく、


「それでな、ヴルバトラ。作戦にあたって俺は今からまたマヌゥと融合しようと思っててな……」


「うむ、それがいいだろう。テツトほどの実力があればそのままでも充分に活躍できるとは思うが、万全を期すに越したことはない。なら早々に契約をした方が──」


と、そこまで言ったところで。ヴルバトラは唐突に言葉を引っ込め、口をパクパクとさせ始める。


「けっ、契約……! ということは、その……!」


「ああ。その……代価に俺のアレをね?」


「くぁっ……///」


ヴルバトラの顔が真っ赤に染まる。ようやく、俺とマヌゥがヤろうとしていることに気が付いたようだった。


「よっ、余計な詮索せんさくをしてすまなかった……!」


「い、いや……こちらこそなんかゴメン……」


少々空気を気まずくしながらも、俺たちは無事に待機部屋までやってくることができた。


「ありがとう、ヴルバトラ。たぶん案内なしじゃここまで来れなかったよ」


「まあ、複雑な構造をしているからな。仕方ないことだ」


部屋のドアを開ける。中には誰もいない。奥行は広く、ダブルベッドが2つ。別室も1つあるようだった。


「そ、その……テツト」


「ん? どうした?」


珍しくよわよわしい声をしているヴルバトラは、どこかモジモジとした様子で、


「普段、その、行為は……どういう手順で……」


「え? ゴメン、なんて?」


声がか細くてまるで聞き取れなかった。俺がそう訊き返すと、ヴルバトラは肩を跳ね上げさせる。


「いっ、いや! やはりなんでもない、忘れてくれっ!」


「ヴルバトラ?」


「私は自室でまだ用があるゆえ、失礼するっ!」


それ以上俺たちが呼び止める間もなく、ヴルバトラは大股で部屋を後にした。

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