精霊の森 "魔王国横断"編(3 / 12)
──第一魔王国リュウノスミカ。
その西に位置する炭鉱群。
そこでは累計およそ5000を越える人々が強制労働をさせられていた。
その多くは第一魔王国の支配前からその土地に住んでいた者たちだ。
ツルハシを持ち、
男も女も関係なく、
朝から晩までひたすらに採掘を続ける毎日。
衣食住も満足に与えられない。
ケガや病気に対応できる医者や魔術師もいない。
人々は1日に何人もバタバタと倒れていく。
死者が出るのが日常……
そんな最悪の環境で、しかし、
人々の目に宿っていたのは希望の光だ。
……新しく捕囚となった人々もいるからか、今、この町ではまことしやかに囁かれているウワサがあるのだ。
『知ってるか、第二魔王国の領主を冒険者が討ち取ったらしい』
『魔王軍の大規模部隊をひとりで殲滅する狂戦士がいるとか』
『魔王軍と交戦していた人類・亜人類国家を次々に救済する冒険者チームがあるんだってさ』
それが嘘か真か、本当のところは誰にも分からない。
しかし大勢が縋っていた。
その僅かな希望こそが今を生きる原動力になっていたから。
「──でもよ、ホントにそんな美味い話があると思うかい?」
中年男が疲れたようにツルハシを杖にして言った。
「俺は信じたいけどねぇ。でもよぉ、どうかねぇ? ホントに魔王軍を圧倒できる冒険者なんているもんか……実際のトコ、元冒険者さんとしてはどう思うよぉ?」
中年男の隣でツルハシを振っていたのは20半ばくらいの女だった。
上半身の筋肉が発達していて、ツルハシのひと振りで中年男の倍は掘り進められている。
その元冒険者の女──エリムは額の汗を拭いながら、
「いるよ。必ず」
そう断言した。
エリム自身、確証なんて何もなかった。
ただ、他のみんなの目から希望が消える……
それを防ぐのが、ただひとつの彼女の目的だった。
……私にできることはそれくらいだから、な。
「……魔王軍の侵攻が本格的になる前、10年くらい前かな。私は帝国のS級冒険者チームの道案内の仕事をしたことがあったんだ。クロガネイバラという名を聞いたことがあるか?」
「おぉっ、当然よ、そりゃ西の帝国一の冒険者チームの名前だものよ」
中年男は嬉々とした表情で周りにコソコソと声をかけ始める。
またエリムの話が始まったぞ、と。
ツルハシを振るう手、トロッコを押す手を止めて、10人程度がエリムの元へと集まった。
元C級冒険者、エリム・フルワーズ。
倒せていいところゴブリンやオーク程度、その手に持つツルハシじゃ1時間に1回やってくる巡回のモンスターを倒すことすら難しい。
……でも、そんな無力な私にもできることはある。
言葉は、物語は力なり。
そうしてエリムは今日も語った。
この国へと遊学にきていたクロガネイバラたちの圧倒的な冒険譚を。
──馬車を襲うキマイラを一刀両断にするシスター、
──巨人の一撃をたった一人で跳ね返す盾使い、
──100近くの魔物を一瞬でで消し飛ばす
──そしてその一騎当千の強者たちに的確な指示を出す、
彼女たちは数々の困難を打ち払いながらこの国を巡ったのだ、と。
「すげぇなぁっ、それがS級か……!」
「今やあちこちに名を轟かすクロガネイバラなだけあるぜ」
「しかも全員美女揃いと聞いたぞ? 帝国の男共は立つ瀬がねぇなっ」
声を潜めつつも盛り上がる。
エリムはそうして毎度のように話の最後にこう付け加える。
「人間の可能性は無限だ。1人でだって巨人に勝てるクロガネイバラのような英雄たちが存在するんだから。私たちが希望さえ捨てなければ、いつかきっと救世主はやってくる!」
人々は私の語る冒険譚、英雄譚にひとしきり満足すると再び過酷な労働へと戻って行く。
サボりがバレたら殺される。
ゆえにいつもこうやってコッソリと、少人数でしか話はできない。
……でも、この話もまた人から人へと伝わり、ひとつの娯楽となるだろう。
ここでの娯楽といえばこういったウワサ話や口頭の物語くらいなのだ。
伝達速度は速い。
……今日も私は、きっと意味あることを成し遂げた。
エリムは自分にそう言い聞かせた。
人々の生きる希望を絶やさない。
そのためにモンスターや魔族を圧倒した有名な冒険者や英雄たちのエピソードを話して聞かせる。
それが今ここで自分のできる戦いだと考えて、約6年。
エリムはそうして強制労働の生活を生き抜いてきた。
B級以上の冒険者仲間たちはみな殺されて久しい。
エリムらC級以下の冒険者だけが、魔王国の"脅威になり得ない"と判断されて強制労働に回されている。
……せっかく拾った命。無力なら無力なりに、有効活用してみせる。
本当に、救世主がやってきてくれるのかは……
分からないが。
エリムもまたツルハシを握り直し、それを振るう作業へと戻る。
例え元C級といえど、一般人とは鍛え方が違う。
その日もエリムは模範的な労働者としての体裁を整えつつその日の業務を終えた──
そのハズだった。
「──貴様がエリム・フルワーズだな?」
エリムが炭鉱から出ると、魔族が問いかけてくる。
鳥獣……とりわけカナリアに似た鳥の頭を持つ人型のそいつは、炭鉱の管理官だ。
「んんー臭うな。これはイエスのニオイだ。貴様が他の労働者たちに冒険者の活躍話を吹き込んでいる反逆者というわけか」
「っ!?」
「言い訳は無用。この炭鉱に冒険者の思い出話のできる元冒険者など、今や貴様しかいないのだから」
管理官の容赦ない拳の一撃がエリムの腹へと突き刺さる。
「ぐげぇぁッ……!?!?!?」
「第一魔王国へと反乱の種を植え付けるとは、大罪人が。処遇について覚悟しておけよ……」
言い返すことすらできず、エリムの視界は暗くなっていき……
数秒後プツンと、完全に意識を失った。
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