チェスボード 後編(12 / 15)
「なっ……お兄さん、なんでぇっ!?」
俺が
「だって、
「は、はい? 意味ぃっ? 何のことやお兄さん、何を言っとるんっ?」
「だからさ、特別な才能があったわけでもなく、特別な力も持たない俺が
「……お兄さん、まさかっ!?」
……そうだ。俺は少しだって、自分がこの町に訪れた目的を忘れちゃいない。
俺たちは、クロガネイバラの助けになるためにここまで来たのだ。
「……ははっ、まったくバカタレめ」
イオリテが思わずといった様子で失笑する。
「じゃが、バカもここまでくるとむしろ清々しいのぅ」
「……まあ、テツトのお兄さんらしいといえばらしいんやろけどなぁ……」
メイスは大きなため息を吐いた。たぶんメイスは俺と同じく、以前のリザールトとの戦闘で俺が逸脱しそうなことに気が付いていたのだろう。だからこそ、一見ただの無茶にも思えたモーフィーの
……期待を裏切ったようでちょっと申し訳ないな。
「お兄さん、ほんで何か策はあるんやろうなぁ?
「ああ、でも大丈夫。今の力をもっと引き出せればモーフィー本人とだって──」
言いかけて、ポタリ。鼻水が垂れてきた……赤い。鼻水じゃない、コレ、鼻血かっ?
「っ!?」
直後、体がきしみ、痛みが襲ってくる。なんだ、これ……!?
「大丈夫なことなんてひとつも無いで、お兄さん。アンタ今、ひと時とはいえ人間のまま人間を越えた力を振るったんやさかい、当然、体に反動は来るやろうて」
「反動……」
「マヌゥさんと融合してる間ならまだしも、生身のまま無茶なことするもんやありません──マリアさんっ! 回復を!」
マリアが急いで十字架の剣を掲げ、祈りを捧げる。俺の体を暖かな緑の光が包み込んだ。
白【00:56:11】
「──さて、テツトの回復も済んだところで、じゃ」
イオリテが口火を切る。
「先ほど黒番が移動失敗になり、今は我らの白番じゃ。問題はいったいどうやってあのモーフィーを詰ませるかじゃが……」
「まあ、
メイスが腰に手を当てていう。
「モーフィーは世界を創造できるほどの魔力の持ち主で、規格外の魔術士や。その総量は魔王軍幹部の中でも1、2を争うほど。ただの人が勝てる相手やない……本来は。でも、それやとアカンって言うんやろな。テツトのお兄さんは」
「……うん、ゴメン」
素直に俺は謝った。俺は俺の意思を曲げる気がなかったから。
「俺は、人間の俺のままモーフィーを倒したい」
「……テツトくん!」
後方キングの位置からベルーナがこらえ切れなくなったように声を上げた。
「お願い……もう私たちのために無茶はしないで」
「……ベルーナさん」
「あなたの行動が全て、私たちクロガネイバラを想ってのことだっていうのは分かってる。それにはすごくすごく感謝してる……でも今は、他に手があるならその手を使いましょうっ!」
「いやです」
「いやって……どうしてっ?」
「だってそれは悔しいじゃないですか」
「えぇっ!?」
間髪入れずに返した俺の言葉に、ベルーナの目が点になった。
「く、悔しいって?」
「そう思いません? 才能とか種族差とか逸脱者とか、そういうものに負けるのは俺は悔しいです。まあ、何もかもに反抗したいってわけでもないし、当然それを受け容れなきゃならない場面はあるんでしょうけど……でも今はそうじゃない。だって俺ならきっと、勝てるから」
「いや、いやいやいや、ちょっとちょっとっ!」
ベルーナが思いっきり
「それってさっきみたく反動がくる戦い方をするってことでしょうっ? ダメよっ! 無茶だって言われてたでしょうっ!?」
「でも、見たくないですか? 常軌を逸した相手に、ただの努力した人間が打ち克つところ」
「……それでテツトくんが傷つくなら、見たくない!」
「そうですか……でも、俺は見たいです。そして見せたいです、ベルーナさんたちに。ただの人間だって、何にひとつ諦める必要なんて無いってとこを」
「……! でも、だからって!」
「それに、どっちにしろこのままじゃ危機は去らないと思いますよ。
「そっ、それはっ……」
ベルーナが言葉に詰まる。
……そう、今は俺がようやく一矢報いたくらいで、まだまだ俺たち白番は一手誤れば誰かの担当する駒が取られてしまうかもしれない危機的状況に変わりはない。
「それに、俺がさっきの力を振るうことの反動についてはきっと解決できると思うんですよね」
「えっ?」
「だって、俺たちは知ってるじゃないですか。ロジャっていう、逸脱者じゃないのに逸脱者よりも遥かに強い存在を」
だから、可能なはずなのだ。逸脱者でなかろうと、反動を受けずに人間を逸した力を振るうことが。
「白状すると……俺いま結構ワクワクしてるんです。ようやくロジャの師匠として、ロジャに追いつける道筋が見えてきた気がして」
「テツトくん……」
「俺は……大人気ないとは思うけど、やっぱりロジャに簡単に追い越されていて悔しかったんですよ。だから、その芽を潰したくない。完全に私情ですみません」
「……はぁ」
ベルーナは大きなため息を吐いた。
「……分かったわ、テツトくん。テツトくんにもいっしょに、モーフィーへの
「ありがとうっ、ベルーナさん!」
「ただし! それはテツトくんだけじゃない……私たちクロガネイバラもよ」
ベルーナがそう言うと、マリアとナーベのふたりもまた頷いた。
「もちろんだ。後輩ばかりに負担を押し付けるなんて、それこそ先輩の名折れだからな」
「先ほどは不覚を取り申し訳ありませんでした……でも、私ももう大丈夫です。次こそは、必ずや自分の役目を果たしましょう」
ふたりの反応にベルーナは頷き返して、そして俺を見て微笑んだ。
「テツトくん……本当にありがとう」
「えっ?」
「もうあなたは充分に私たちの助けになってくれた。自分を遥かに上回るはずの、常識を逸脱した相手に一歩も引かずに戦って見せてくれた……あなたのその姿が、クロガネイバラの内に再び炎を灯してくれたのよ」
ベルーナは腰の長い愛剣を引き抜くと、それをしならせ地面を叩く。
「指示は任せて。必ず私がテツトくんをモーフィーの前へと立たせてみせる!」
「……はい! お願いします!」
「行くわよ、テツトくん──b7へ!」
ベルーナの宣言により俺は黒の陣へと突入を果たす。再び、俺たちの攻撃が始まろうとしていた。
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