逸脱者たち 前編(5 / 6)

「生物のことわりを外れるって……どういうことだ?」


「例えば分かりやすいところで寿命だな」


俺の問いに、ネオンは淡々と答える。


「人間のそれは100年がいいところだが、しかしこの世には人間であっても100年を超える時を生きる者がいる。例えば、魔術師などは不老の魔術をもってして、若いままの姿で居続けることができるのだ」


「それが……アウトサイダーってやつなのか?」


「いいや? それはただの不老の魔術師に過ぎん。ただ世の中にはな、不老のみに留まらず、【不死】の魔術を開発して何度殺されても殺されず、200年の時を経てなお生きる天才魔術師が居る。一部ではそういうヤツのことを 逸脱者アウトサイダーと呼ぶのさ……まあ、私のことなんだがな」


「えっ、ネオンさんがソレなの……?」


「ソレとはなんだ、ソレとは。もっと畏れ敬え、新米冒険者め」


ネオンは冗談めかして言いつつ、薄い胸を自慢げに張る。


「まあ、寿命はひとつの例えに過ぎん。私のような【不死】の逸脱者もいれば、【無限の体力】を持つ逸脱者や、【絶対予知】、【無双の剣技】などなど……特定の分野で他の追随を許さない者たちが突然現れる時がある」


「突然?」


「ああ、そうだ。もちろん、逸脱者アウトサイダーに至るまでの道は多様だ。長年の努力をする者もいれば、数日の努力で実を結ぶ者もいれば、何の努力も無しに生まれつきの者もいる。しかし後天的に逸脱者アウトサイダーになる者の多くに共通しているのが【突然】なのだ。私もそうだった。不老不死の魔術を極めようと研究を重ねていたある日、唐突に理解したんだ……不死の理論をな……!」


いつの間にか、ネオンのその言葉には熱が込められていた。恐らく、その日のことを想い出して気が昂っているのだろう……小刻みに震える手から、黒い炎のように立ち昇っているその魔力がビリビリと俺たちの肌を打っていた。それだけでもう分かる。


……この人はたぶん、俺がこれまで会ってきた中でも指折りに強い人だ。


「ふ、ふひぃ……っ」


ネオンの魔力圧の前にフェルマックが腰を抜かしていたが、しかし、ネオンの目には入っていないようだ。


「不死……私は生涯をかけて追うつもりだった。私は才能に恵まれていると自覚していたからこそ、追い続ければ必ずこの手に掴めると信じて研究に没頭していた。それがどうだ? 研究から数年で私は唐突に不死のことわりを解し、不死を得て、他の夢を追うことを許された……もう時間に追われる日々を過ごさなくていい。多種多様な魔術を研究し続けることができる! そう実感した時の解放感たるやっ……! 分かるだろ……!?」


「え、えっと……」


そんなこと言われても不死になったことなんて俺にはないしな……。ぜんぜん実感として理解できん。


「──ネオン、少し興奮しすぎのようよ」


「……む」


リーダーのベルーナに諭されて、ネオンが顔を赤らめた。


「コホン、まあ、そういう反応になるだろうな」


どうやら我に返ったらしい。ネオンは恥ずかし気に咳ばらいをした。


「とにかく、私が言いたかったのはこの世には多様な逸脱者アウトサイダーたちが存在し、そして今回のヴルバトラを襲った相手もその可能性があるということだ」


「なるほど……」


つまり、この世には天才とか超人とか、そういった枠組みにすら当てはまらない凄まじい人間たちがいる……ということか。そしてロジャもそのひとりだと思われている、と。


「ちなみに、なんで逸脱者アウトサイダー禁句タブーなんですか?」


「そんなの、力目当ての輩が増えないようにするために決まってる。100年以上前の話だが、一刻いっとき、『信ずる者は逸脱者アウトサイダーになれる』とかいう新興宗教ができて問題になったこともあるからな」


「……まあ、自分の手に届くところに逸脱者アウトサイダーになれる道があるかも? なんて聞いちゃったら手を伸ばしたくなるのが人の心ですよね……」


「ふん、本当に愚かだよ一般人パンピーは。信じるだけで逸脱者アウトサイダーになれるならこの世に才能や努力なんて言葉はできていないだろうに。その点、私はそうなる前から天才で努力家だったからな! なるべくしてなったのだ!」


ネオンがまた自慢げに胸を反らし始めた……これはまた自分語りに入りそうなパターンだ。


「あの、それでどうするんですか?」


「……む? 何をだ?」


「ヴルバトラの相手が逸脱者アウトサイダーかもしれない、って話でしたよね? だったらどうするつもりなのかなって」


これまでの会話でネオンは自分語りに入ると色々スイッチが入ってしまう、ちょっとめんどくさい女の子らしいと分かったので先手だ。話を進めてしまおう。


「ああ、それなら簡単だ」


ネオンは何でもないことのように言う。


「私たちで不意を突いて、早々に【討伐】するぞ」


「……へ?」

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