逸脱者たち 前編(6 / 6)

討伐──突然のその不穏な響きの言葉に思わず、間抜けた声が出てしまう。


「討伐って……」


「決まってるだろ。殺すんだ。敵はヴルバトラを倒す程の逸脱者アウトサイダーの可能性が大だ。危険因子に他ならない」


「殺すって……ちょ、ちょっと待ってくださいよ……!」


さすがにそれは、到底受け入れられることじゃない。


「なんだ? どうして止める?」


「敵の正体は……俺の元弟子なんです」


俺は打ち明ける。女戦士の正体がかつて半年ほど共に旅をしたことがある少女であり、そして今、どのような目的で剣を振るっているのかを。


「……ロジャは、俺にこの別れていた間の努力の成果を見てもらいたいと思ってる。さっき実際に会ってきた俺やシバたちが今生きてここに居ることが何よりの証明です。ロジャが本当に危険因子なのだとしたら、俺たちは早々に斬られてましたよ」


「……ふむ。確たる証人がお前以外に居ない、あまりにも信ぴょう性の低い話ではあるが……百歩譲って、ロジャとやらの目的がお前だということに納得したとする。しかしだからといって【ヴルバトラを攫っていった】という事実が消えるわけではない」


ネオンは細めた目で、にらみつけるように俺を見る。


「全てお前の思い違いで、お前たちが見逃されたのはそのロジャの気まぐれの可能性だってある。だいいち、ロジャが善良な人間なのだとすれば、なぜ勇者たちを襲った?」


「そ、それは……確かにごもっともな意見には聞こえるんですが、ロジャは会話が苦手で、行動で示す部分が多いから……」


「話にならん。私は見知らぬロジャの善性に賭けるよりも、仲間全員の安全への配慮を優先する。帝国最強を倒したロジャを捕獲するのは難しいだろう。ならばやはり、不意打ちでひと息に倒すべきだ。生死も定かでない以上、ヴルバトラはその後に捜索すればいい」


「くっ……!」


ネオンの中では、もうほとんどロジャを倒すのが決定事項になってしまう。


……そりゃ当然だろう。ロジャの人となりを知らず、ロジャのやったかもしれないことだけを考えれば、ネオンの安全策がそのまま最善策になりうると俺にだって納得できてしまう。


でも、それでも……ロジャは俺の大切な【弟子】なんだ。


「ネオンさん……お願いします! どうか少し俺に時間をくれませんかっ!?」


俺はその場で、全力で、誠心誠意に頭を下げる。


「もう一度俺がロジャに会ってきます。そして、ちゃんとヴルバトラを連れて帰ってくる」


「何を言っている? それがお前にできなかったから今こんな話になってるんだろ」


「次は絶対になんとかしますっ! だから……!」


「ふん……やはり話にならん。お前は早々にこの町を去っておけ。逸脱者アウトサイダー狩りはクロガネイバラだけでやっておく。迷いのあるヤツは足手まといにしかならんからな……よし、それじゃあベルーナ、さっそく明日の作戦会議を──」


「──待て!」


結論を出した風に背中を向けたネオンに、俺はなお引き下がれない。当然だ。ロジャの命が懸っている。


「……なんだ? テツト、お前との話はもう終わったが」


「……終わってない」


師匠として、俺には弟子を最後まで守り抜く義務が──いや、意地がある。


「頼む。ロジャには乱暴なマネをしないでくれ」


「断る、と言ったら?」


「……ロジャに手は出させない」


「……ほう? 私は出す気満々だが。それならどうすると?」


「なら……まずは俺を倒してからいけよ、逸脱者アウトサイダー


剣の柄に手をかけての俺の挑発に、ネオンの背から黒い魔力が立ち昇った。ビリビリと、俺に殺気にも似た気迫がぶつけられる。


「口だけは威勢のいい小僧めが。相手が私なら殺されはしないだろうと高をくくっていないか? 私はナメられるのが嫌いだ。消し炭にして──」


「──そういうのは良くないと思うのですよぉ」


「っ!?」


不穏な魔力を溜めるネオンの【隣】には、しかし、いつの間にかマヌゥが居た。しかもそのネオンのローブをガッチリと掴んでいる。


「暴力は良くないと思うのですぅ」


「……お前、いつの間に……っ? というか、なんだ? お前はいったい……何なんだ? 人間の気配がまるで──まさか……!」


ネオンが目を白黒させてマヌゥを見るも、しかしマヌゥはキョトンとした顔をするだけだ。


「──はい、いったんみんな注目っ」


混乱を極めそうになるその状況に、パンパンという音。それはクロガネイバラのリーダー、ベルーナさんの手を打つ音だった。


「身内で揉めたって仕方ないわ。ネオン、今回はテツトくんの意志を尊重してあげましょう」


「なっ……? 正気かッ!?」


「正気よ。だって、テツトくんの顔見知りには違いないんでしょ? そもそも今日ふたりが剣を交わしたことの方が行き違いって可能性もあるんだから、2度目の対話が成功しない保証もまた無いわ」


「くっ……だがな……!」


「ネオン、あなたが最近急成長中のテツトくんに目をかけてるのは分かるけど、行き過ぎは過保護に繋がるわよ?」


「そっ、そんなんじゃない! ベルーナのアホタレッ!」


ネオンはキッとこちらをにらむと、


「違うからなッ! 勘違いするんじゃないぞッ!」


と、ひと言残してその場を去っていった。


……あれ? これはもしかして、許してもらえたってことなのだろうか?


「ベルーナさん、その……」


「お礼は結構。ただし待つのは明日の1日だけよ。それまでにあなたが帰ってこなければ、ネオンの言った通り、私たちは強硬策に出るわ」


「……はい。分かりました。ご恩には報います。必ず俺がヴルバトラを連れ戻して来ます」


「本当にできるのね? 勝算はちゃんとあるのよね?」


「ええ。ロジャはしっかりと話せれば分かってくれる子です」


「……今はテツトくんを信じるわ。でも、くれぐれも気を付けて」


「はい」


俺が感謝の意を大きく頭を下げて示すと、ベルーナたち残りのクロガネイバラの面々も背を向けて宿のそれぞれの部屋へと消えていった。


「ふぅ、荒事にならなくて良かったのですぅ……」


「ありがとな、マヌゥ。仲裁に入って来ようとしてくれて」


「えぇと、でもあんまりお役に立てた気はしないのですがぁ……」


「いや、そんなことないさ」


「……そうでしょうかぁ? そうだったらよかったのですぅっ!」


ふにゃりとマヌゥが笑う。体がもはや別人のような大人へと成長しても、その表情はどこか昔出会った時のまま、幼さを感じる。これで3000年以上生きてるっていうんだから驚きだ。


……って、あれ? ネオンは200年の時を生きる不死の逸脱者アウトサイダーだって言ってたけど……じゃあ、3000年の時を生きてる、沼から色々と出せるマヌゥはどうなるんだ?


「テツトさん? どうかしたのですかぁ?」


「えっ? ああ、いや、なんでもないよ」


なんとなく気には掛かったものの、マヌゥが知っているとは思えない。5年前話した時もほとんど何も知らなかったわけだし。


……とりあえず今日はもう疲れているし、さっさと寝て明日に備えよう。


というわけで、俺たちはひとりずつ取っておいた宿の部屋に早々に引っ込むことにした(マヌゥの部屋も新しく取った)。

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