ある町の救世主(2 / 5)

〔とうちゃ〜〜〜くっ!〕


シバの声に顔を上げてみると、そこは見知った景色だった。


「す、すげぇ……半日もかからず町に着いてしまった……」


帝都から俺の拠点の町までは馬車を使っても片道10日はかかる距離にあるはずだ。それを夜通し走り続けて、朝日と共に到着してしまうとは……。


「シバ、疲れてないか?」


〔ぜんぜんっ! ボクたち、3日は眠らず走り通せるし〕


「体力あるんだな……こっちの世界の柴犬は」


それかあるいはシバがただの柴犬じゃないのか? いや、まあ、女の子に化けたりデカさ的に普通の柴犬ではないことは分かっていたが。


〔そっかぁ……ここがご主人の住む町なんだね。ボク、10年前は来られなかったから、初めてだ〕


「そうだったな」


シバの背から降りて、懐かしの町を眺める。


あの時ははぐれた家族が迎えに来るかもしれないと考え、シバを町に連れて帰ることはしなかったのだった。それが10年後、共に帰ってくることになるなんてな……。あの時は思いもしなかったよ、ホント。


「じゃあさっそく町に入ろうか、ご主人!」


「ああ、そうだな──ってちょっと待て! いつの間に人の姿にっ!?」


「だって、町に入るもん。獣の姿のままじゃみんな驚くでしょ?」


「素っ裸の美少女が町を歩いててもビックリするわ! とりあえずお前はこれを着てなさい!」


「うわぁっ!?」


俺は重ね着していた自分の上着を被せるようにしてシバに着させる。人間の姿となった時の身長は頭ひとつ分俺が大きいので、その上着は丈の短めのワンピースのようになって、とりあえずは大事な部分は隠せた。


「えへへ……」


「なんだ? 急に笑ったりして」


「ご主人、ボクのこと美少女だって……嬉しいな。ボクのことちゃんと女の子として見てくれてるんだね」


「そりゃ、そんなに可愛くなられたらなぁ……」


「えっ、可愛いっ!? ボク可愛いっ!?」


「まあ、うん……」


恐らく10人の男に見せたらなら10人が可愛いと言うだろう。それだけ完璧なルックスだ。加えて、ピコピコ動く耳にブンブンと振られる尻尾。犬派とか猫派とか関係なくめちゃくちゃ可愛い。


「えへへ、やったぁ……! ありがとうご主人っ! ご主人も昔からすごーくカッコいいよぉ~!」


「や、やめろやめろ、言われ慣れてなさすぎて背中がむず痒くなる! とにかくもう行くぞっ!」


「行くって、ご主人のおうち?」


「そうだ。俺が借りてた小屋があるんだけどな……言っておくが片付いてないし、それに5年も放置してたからホコリとかヤバいと思う」


「ボク、お掃除がんばるよっ!」


「ん、ありがとう。手伝ってくれるなら助かるよ」


「わんっ! 任せてっ!」


というわけで俺たちは小屋に行き、案の定ホコリだらけになっていた部屋を掃除したわけだが……。


「わんわんっ! ゴキブリ! ネズミ! あっちいけー!」


「こらっ、シバ! 狭いんだから暴れるなーー!」


これまた案の定、シバはお掃除のできない子だった。掃除がぜんぜん進まないまま、俺たちは昼を迎えた。




 * * *




「ご主人ご主人っ……! すごいねぇ、人間の食べるご飯ってすごく美味しいんだねぇ……!」


町の仕立て屋でシバの着る服と靴を買い、それから昔から俺の行きつけだった定食屋で舌鼓を打ったシバが興奮気味に俺にすり寄ってくる。


「森で美味しいものって言ったら脂の乗ったお肉か甘い果物くらいだったから、すごく新鮮だよ」


「そうか……それはよかった」


俺は、町の光景を見渡しながら生返事を返す。


……やっぱり、おかしいな。5年近く町を離れていたから俺の記憶違いかとも思ったけど、もう昼下がりだというのに町にまるで活気がない。それに、ときおり行き交う人々からも生気というものが感じられなかった。


「くぅん……」


隣から、か細い鳴き声が聞こえてくる。


「……ご主人ご主人? あの、ボクなにか悪いことしちゃった?」


「……えっ? いや、そんなことないけど、なんでだ?」


「なんだかさっきからご主人、何かを考え込んでるみたいだったから」


「……ああ、そうだな。すまん。ちょっといろいろ考えるところがあったんだ。ぜんぜん、シバが悪いことしたとかじゃないぞ?」


「そっか、それならよかったけど……それじゃあ何を考えていたの?」


「この町の異変について、かな。ちょっと冒険者ギルドに寄らせてくれ」


「う、うん。わかった」


俺はそのまま、5年ぶりの冒険者ギルドへと向かう。扉を開けると、やはりその中に人の姿はない。


「なんだ……これ」


依頼の張り出されている掲示板からは討伐依頼の紙がピン留めできないほどに溢れかえっていて、床にも落ちている有様だ。そして、ギルドの受付カウンターの奥には憔悴し切った顔の、いつものあの受付嬢だけがひとり座っていた。


「……え、テツトさん……?」


「久しぶりです、受付のお姉さん」


俺がそう応じるやいなや、受付嬢はブワリとその瞳を揺らしてボロボロと涙を流し始めた。


「テツトさん……! どうか、どうか、この町を助けてください……!」

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