2章 異世界転生10年目 モテ期がきたっ!?

ある町の救世主(1 / 5)

「ご主人っ、ご主人っ……!」


「ちょっ、待っ……むぷっ!」


チュッチュチュッチュと、俺が顔を逸らしてもなお唇を重ねてくるシバ。力もめっちゃ強い。さっきからシバの体を押し返そうとしてるのにビクともしないのだ。


「ご主人~~~! ぶちゅぅ~~~!」


「マジで1回……待って……」


「むちゅぅ~~~」


「…………」


いっさいの抵抗が無駄だと悟り、俺は脱力してシバのさせるがままにした。




──そして、10分後。




「ふぅ……本当に久しぶりにご主人に会えたから、思わず興奮しちゃったよぉ」


「……」


「あれ? ご主人? お~~~い?」


「ハッ……!」


あまりに長すぎる接吻に、意識がどこかに飛んで行ってしまっていた。


「お前、シバ……なんだよな?」


「えっ? そうだよ、見ての通り」


見ての通りではないから訊いているんだよな……。その姿はどこからどう見ても付け耳と付け尻尾をした人間の美少女なのだ。


「シバは、犬だったはずだろう? なんで女の子の姿に……」


「え、ボク、さっきまで犬の姿で走り回ってたでしょ?」


「え?」


何の話だ? 俺が後ろを振り返った時に居たのはすでにこの、今俺に馬乗りになってる全裸の美少女の姿だったのだけれど。


「あー、もしかしたらご主人には見えてなかったのかも。ボク、興奮のあまり全力疾走しちゃってたから。じゃあもう1回、獣の姿になるね?」


シバがそう言って俺の上からどいて、少し離れた場所で四つん這いになったかと思うと、その体から小麦色の毛が生え始める。


「お……おぉっ!?」


みるみるうちにシバの体が膨れ上がり、そしてその姿は俺が10年前に出会ったシバの母犬の全長さえも超すほどの大きさの柴犬になった。


〔どう? これでご主人の記憶にある通りの姿でしょ?〕


「う、うん……まあ、想像以上に大きかったけど」


人が4、5人はその背中に乗れそうなほどの大きさだ。


〔じゃあもう信じてくれた?〕


「あ、ああ。信じるよ。確かにこのフサフサの毛並みはシバそのものだ」


〔よかったぁ~! それじゃあボクと結婚してくれるっ?〕


「ちょ、ちょっと待て? 結婚っていうのは何なんだ? ていうかいきなりキスもしてきて、いろいろと頭の整理が追い付いていないんだが……」


〔何も難しい話じゃないよ? ボクがご主人のことが大好きだから結婚したくて、ボクがご主人のことがとっても好きだからいっぱいチューしただけだよぉ~〕


「う、う~ん???」


この柴犬かつ美少女が10年前に出会ったシバだということは理解した。でもやっぱりなんでこんなに好かれているのか、それがまったく分からない。


……いや、大切に保護していたから、ご主人と呼んで好かれるのはまだ分かるのだ。でも、それがイコール結婚やキスにまで発展するような、【異性として好き】に紐づくか? どうしてもそこが腑に落ちないのだが。


〔……もしかしてご主人、ボクのこと嫌い……?〕


俺が悩んでいると、シバがクゥ~ンと切なげに鼻を鳴らしていた。


「いやいや、違う違う! シバのことを俺が嫌いなわけないだろ」


〔そう? それなら良かったけど、何か悩んでるみたいだったから……結婚はイヤ?〕


「……なんていうか、今は突然すぎてそこまで考えられないんだ。シバのことはずっと俺の中で子犬の姿のままだったから……」


〔……そっか。確かに急だったし、急かすのも良くないもんね。じゃあいったん結婚はナシ! それにボク、こうしてご主人に会えただけで今はすごく満足だもん!〕


「そ、そうか? ……ありがとう。俺もシバに会えてすごく嬉しいよ」


〔ホントっ!? やったぁ~!〕


わふっわふっ! とシバがその大きな柴犬の姿でくるくる回ってはしゃぐ。


……ああ、なんていうかすごく懐かしい。そういえばシバは子犬の頃もこうやって体全体を使って喜んでいたっけな。


〔じゃあまずは恩返しから始めよっかな。ボク、ご主人にあの時助けてもらったときから、いつか絶対にご主人の役に立つようになってその側に居続けようって誓ったから〕


「そ、そうなのか? いや、確かにトラバサミを外しはしたけどさ、そこまでの恩に感じてもらうことじゃ……」


〔ううん! それだけじゃないよっ! ボク、知ってる。ご主人があの時、自分も苦しい状況にいたのに、それでもボクのことを想ってボクにいろいろ良くしてくれたこと!〕


「えっ……」


確かに、あの時は異世界に来てからまだ3カ月目で、ちょうど他の冒険者チームに金払いの良い依頼を全部取られてしまっていたから金欠だった。それでも無理を推して、シバのご飯やら薬代やらを工面していた覚えはある。


〔あのね、あの時のボクはまだ子犬だったけど……でもニオイで分かってたんだよ。ご主人が疲れを押し殺して、ボクの前で笑顔を作ってくれてたこと。あの時はいっぱいご主人のお顔をペロペロすることしかできなかった自分の無力さが悔しかった……〕


「ああ、そういえば……」


毎日やたら顔をヨダレだらけにされてたっけ。あれはシバにできる精一杯の気遣いだったのか。


〔でも、今ならご主人のお役に立てるよっ! さあご主人、ボクになんでも命令してっ! ボクがなんでも叶えてあげるっ!〕


「命令って……いや、シバにそんなこと……」


〔いいんだよ、ボクはご主人のモノだよ。あの日からずっと、ボクの心はご主人の元にあったんだもん〕


「う、う~ん……」


シバは獣の体を伏せて、その大きな顔で俺を覗き込んでくる。真剣そのものの表情だ。どうしても、俺の役に立ちたいって思ってくれているんだろう……さすがにその想いすべてを無下にするのも気が引けるよな。


「それなら、俺とシバが初めて出会った平野があるよな? あそこの最寄りの町……つまりは俺の拠点にしている町に、俺を乗せていってくれることはできるか?」


〔えぇっ!? ご主人を、乗せるっ!?〕


シバがいきり立つように体を起こした。


「あ、あれ……ダメだったかな? すごく立派に成長しているから、背中に乗れたりするかなー? って思ってたんだけど……」


〔ダメなんて! そんな! いくらでも乗せるよっ!〕


キャウンキャウン! キュインキュイン! とシバは興奮気味に鼻を鳴らした。


……ああ、単純に嬉しかっただけか。びっくりした。


〔じゃあさっそく乗って、ご主人〕


「ああ、うん。それじゃあ失礼して……」


マフマフ、モフッ。シバの小麦色の毛は本当にフサフサで、どんな高級毛布よりも肌触りが良く温かだった。


〔背中に乗ったね? じゃあ、しっかり毛を掴んでおいてね〕


「ああ、痛くないか?」


〔大丈夫っ! それじゃあ、いくよ──っ!〕


ビュオンッ! と、勢いよく風を切る音が響く。


「おおっ!?!?」


僅かに顔を上げて辺りを見る。景色がまるで溶けるようにして後ろに流れて行っていた。


「す、すごっ……! 電車、いや、新幹線……それもよりも速くないかっ!?」


上を見上げれば、星の明かりまでもが後ろに線を引かせている。すべてを置き去りにして、俺とシバは平野の上を飛ぶように駆けていた。

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