ある町の救世主(3 / 5)

突然泣き崩れた受付嬢から話を聞く限り、ここ数年、冒険者ギルドの依頼はパンク寸前……いや、ずっとパンクしたままだったらしい。


「戦争に多くの冒険者たちが徴兵されて、町に残されたのはDランクやCランクの冒険者ばかり……。大型のモンスターと戦っても、その討伐がほとんどできずに、この町はモンスターの巣窟にされる寸前なんです」


「そう、でしたか」


納得の理由だ。町に入ってからずっと違和感は感じていた。まず、人通りが以前に比べて圧倒的に少なくなっている。それに時折建物に攻撃されたような痕が残っていたのだ。


「大都市では強固な防衛線を引いており、無事なところもあるようですが……ここみたいに小さな町村はどこも同じ有様です」


「もう、町にモンスターの侵入を阻むことすらできなくなってるってことですね」


「はい。夜になるとオークや人喰いグールたちの群団がやってきて、町を歩き回るんです。もうこれまで何十人がヤツらの餌食になったか……! それに、オークやグールが時折ナワバリを争うようなこともして……」


「……町が危機的状況だってことは分かりました。俺にできる限りのことはしますよ」


受付嬢にそう告げると、俺はシバを連れて冒険者ギルドを後にする。


「……さて、と」


異世界にやってきてからこれまで、ずっと世話になってきた町だ。その恩は返さないとな。


「シバ、俺はこれからちょっと調査のために外に行ってくるから。お前はちょっと小屋で待っててくれないか」


「えっ!? なんで、ボクも行くよっ!」


「いや、危ないからさ……」


「大丈夫だよ、ボクこれでもけっこう強いんだよっ!?」


「そんなこと言ってもなぁ……シバは武器も何も持ってないだろう」


「そんなの要らないよ。だって牙と爪があるもん!」


「えぇ……? それで戦えるのか……?」


「むー! 戦えるもん!」


そうは言われてもな。いま俺の目の前でほっぺたを膨らましてプンスカしてる線の細い女の子が、群れをなすオークや人喰いたちをなぎ倒す姿はなかなか想像しにくい。


「それにご主人、ボクなら鼻を使ってモンスターの場所とか分かったりするよ?」


「あー……そうか、いちおう柴犬要素があるんだもんな……」


それに、シバはあの柴犬の姿になれば相当大きくなれる。さすがにそこらのモンスターに後れを取るとは思わない。ただの女の子ではないのだから、連れて行っても大丈夫……ではあるのか?


「……じゃあ、シバもついてきてくれるか?」


「もちろんっ!」


「ただ、俺が逃げろと言ったら逃げるんだぞ?」


「はーいっ!」


というわけで俺たちは町の外まで出ると、柴犬の姿になったシバの背中に乗り、走ってもらった。(ちなみに服は柴犬の姿になる前に俺が預かった。そのままじゃ破れるだろうし)


〔あっ、ご主人……あっちの平野から人喰いグールのニオイがするよっ〕


「そうか、じゃあまずはそこに行ってみてくれるか?」


〔わんっ!〕


シバは進路を西に、平野を駆け抜ける。確かそちらの方面にあったのはかつて町が存在した名残のある廃屋群だ。おそらく、人喰いグール共はそこを根城にして毎夜俺たちの町へと人間を漁りに来ているのだろう。


「しっかし速いな……もう廃墟が見えてきた」


そこにかつてあった町は俺がこの世界に来た時にはすでに廃墟であり、その時からゴブリンたちの住処になることも多く、俺も何度かモンスター討伐に訪れたことのある場所だ。昔は定期的に冒険者が派遣されてはこの廃墟を根城にするモンスターたちを排除し、建物の解体作業を進めていたのだが……もう、その依頼を果たせるだけの余力も町には無くなっているのだろう。


「さて、どうやって攻めるとするかな。建物の数が減っているとはいえ、まだ20軒近くはある。無策で行ったら返り討ちだ……」


シバの背中からいったん降り、シバにも平野に伏せをさせて、人喰いグールたちから見つからないようにしてから考える。


……人喰いはかなり頭の良いモンスターだ。ナメてかかると痛い目を見る。討伐の適正冒険者ランクはB。しかし、集団が相手になるとSランク冒険者に依頼がいくこともあるほどに、警戒レベルは高い。


「それに加えて、今回は群団を率いるボスの【人喰いの王キング・グールー】がいる可能性も考えないとな……」


受付嬢に聞いた限りでは、どうやら町に来るオークも人喰いも勝手バラバラに動いているというよりかは統率されているらしい。であれば集団のボスとなる存在がいる可能性は高い。


……本来なら個人ではなくチームで、それもSランク冒険者を最低1人は擁するAランク冒険者チームで預かるべき案件だよな。それと、考えなきゃならないのは人喰いのことだけではない。場合によっては囚われた人が居る可能性も……


〔──ご主人、あの廃墟には人喰い以外はいないみたい〕


「えっ? どうして分かるんだ?」


〔ニオイがね、人喰い特有のものしかしないんだ。あとは死体のニオイかな。生きてる人のニオイはどこにもないよ〕


「……廃墟からここまで、まだ300メートルくらい離れてるのに、分かるのか?」


〔ボクたちは、やろうと思えば半径数十キロくらいのニオイを嗅ぎ分けられるから。普段はそんなことしようとするとウッカリ臭いニオイを嗅いだ時に死ぬほど苦しむからしないけどね〕


「す、すごいな……」


この世界の柴犬は偉大だ。それだけの嗅覚があったなら、この広い世界で俺のことを見つけ出せた理由にも納得がいく。


〔それで、ご主人。あの人喰い共は殺しちゃっていいんだよね?〕


「えっ? まあ、そりゃあ……後々討伐する予定だしぜんぜんいいけど……」


〔じゃ、ちょっと行ってくるね?〕


え? と再度尋ね返す暇もなかった。


──ビュオンっ! という風だけを残して、その場からシバが空間に溶けるように姿を消したのだ。ただ、廃墟と化した町に向かって風が走っていくのだけが見える。そして少しすると、


「お、おいおいおい、嘘だろ……!?」


それは目を疑うような光景だった。廃墟の町を次第に竜巻が包み込んでいったのだ。


「シバが高速で……廃屋群の周りを駆け回ってるのか……?」


僅かに小麦色の光が廃屋群をグルグルと囲っているのが見えるのだ。そのトップスピードは恐らく、俺を背に乗せているときの比ではない。音速をはるかに超えている。


──ギュォォォッ! と激しく渦巻いた風は廃屋をボロボロと塵のように崩していき、その中にいたと思しき人喰いたちをも宙へと吹き飛ばした。


〔ギィィィィィッ!〕


人喰いたちの断末魔が重なって、竜巻の勢いの中から微かにその悲鳴が漏れ聞こえる。


〔ギィウィウィウィッ!〕


「あっ……人喰いの王キング・グールーも飛んでる……」


おそらく人喰いたちのボスであるその最上位モンスターも含め、竜巻の中に渦巻くガレキに圧し潰されミンチとなっていく。悲痛なそれらの声はだんだんと聞こえなくなっていった。


〔──フゥッ!〕


ズザザっと滑り込むようにしてシバが俺の隣に戻ってくる。目の前に立っていた竜巻は次第に細くなっていき、粉々になったガレキが地面に落ちていく。ものの数分で、廃屋群はその姿をただの粉々のガレキの山に変えていた。


「す、すげぇ……」


「えへへっ、そお?」


「……Sランク冒険者チームも真っ青な戦果だよ」


「もっともっと褒めて~?」


いつの間にか人間の姿に戻っていたシバが頭頂部をグリグリと俺の胸に押し付けてくるので、俺は呆然としつつその頭を撫でる。


……シバ、本当に強かったんだな。いや、それにしても強すぎる。え、かつて女神の言っていた世界のパワーバランスとやらは大丈夫なんでしょうか、これは。


「あのさ、シバ。言っとくけど、俺ってシバより全然弱いと思うんだが……本当に俺のことをご主人って慕ってくれてていいのか……?」


「えっ、なんで? ご主人のこと好きでいるのに、強いとか弱いとか関係無いでしょ?」


「そ、そうか?」


「わんっ!」


シバはギューっと俺の胸に抱き着いてくる。


「うぇへへぇ~~~、ご主人の匂い~~~」


シバはただただ幸せそうに、俺の胸に顔を埋めてヨダレを垂らしていた。

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