逸脱者たち 前編(3 / 6)

「──ぐっ!」


初手、ロジャの大剣による重い攻撃を防いだ俺だったが……しかし唐突に前につんのめる。


「……」フワッ


「う、お……ッ!?」


二手、ロジャは宙に舞う花びらのように軽やかに、しかしつむじのように速く旋回して俺の背後へと飛んだのだ。正面の大剣を押し返すべく力を込めていた俺はまさしく『暖簾のれんに腕押し』状態。


「……」スッ


態勢を何とか立て直し振り向けば、その時にはもう、俺の首元には大剣の剣先が突きつけられていた。


「なっ……?」


見惚れるほどの技量だった。長尺の剣は肉薄するほどの距離での接近戦には不利なハズなのに、ロジャはその不利をいっさい感じさせない。


……このまま剣を突き出されれば、俺は死ぬ。俺の命は、いまロジャの手のひらの上にあるといえる、が。


「…………」ジーッ


「……ロジャ?」


ロジャは俺の首元に剣先を突き付けたまま、ジーっと俺の目を覗き込むだけ。それ以上何も仕掛けてくる気配がない。


「ロジャ、お前……」


──綺麗になったな、と場違いにもそう思った。


間近で見るそのロジャの姿は、幼いころの面影を残しつつ、しかし立派な大人の女性へと成長していた。切れ長なその目の奥の瞳の色はとても純粋な美しさがあり、真っ直ぐに見つめられるとその内側に吸い込まれそうなほどだった。


「……」ジーッ


しかしそれにしても、まるで動きがない。ロジャはただただ、俺の次の動きを待つようにその場に制止している。


……あれ、そういえばこんなこと……前の旅でもよくあったような……?


ロジャは無口とかそれ以前に、元々が奥手な性格で自分の感情をあまり表現しようとはしない子だった。だから、何か俺に伝えたい時や、俺に何かをしてほしい時はこうして俺のことをただジーっと見ることが──あっ。


「もしかして、ロジャ……」


俺が思いついたその答えを口にしようとしたとき、しかし。


〔──ボクのご主人に……何をしてるのさッ!!!〕


一陣の風が俺の正面を吹き抜けた。この世界でどんな存在よりも速く駆けることができるフェンリル──シバがロジャを吹き飛ばしていた。


「……!」


〔ご主人を害するなら、ボクは黙っちゃいないよ……!〕


シバが俺の目には止まらぬ速さでロジャへと攻撃をしている……らしい。『らしい』というのは実際俺の目には見えないというのと、しかしそれでもロジャはそんな攻撃ひとつひとつを剣でかわしているような動きをしているからだ。


「やめろ、シバッ! 戻れ!」


〔ダメだよご主人っ! ご主人が傷つくのを黙って見てられないもんっ!〕


「ち、ちが──ロジャはっ!」


「──いえ、シバさんの言う通りです」


俺の隣から光の輪が飛んだかと思うと、それはロジャの片腕にまとわりついて縛り上げた。その光の輪から伸びる糸の先を掴んでいたのは……ジャンヌ。


「昔のお知り合いを迎え撃つことがテツト様の意にそぐわないこととは存じます。しかし、明確にテツト様に刃を向けたからには、私もそれを黙って見過ごすわけにはいきません!」


シバの猛攻と、それに加えてジャンヌの拘束系魔術に捕えられてロジャは──なお悠然とした佇まいで手に持った大剣を大きく振りかぶり、勢いよく地面へと突き刺した。すると直後、あまりの剣圧に、衝撃波と呼ぶには凄まじい、巨大ハンマーで殴りつけるかのような攻撃が辺りの空間へと奔った。


「うおッ!?」


俺は辛うじてジャンヌを背後に守りつつ、それを防げたが、


〔う──わぁッ!?!?!?〕


ロジャの周りを目にも止まらぬ速さで絶えず駆けていたシバは直撃を受けた。その巨体が吹き飛ばされる。それだけじゃない。


「……!」ブンッ


ロジャが光の輪で縛り上げられていた片腕を勢いよく持ち上げると、それに繋がる光の糸がピンと張り詰めた。


「きゃ──っ!?」


すると、俺の背後にいたジャンヌの体が軽々と宙へ持ち上げられていた。ブンブンと振り回されたあげく、ジャンヌの体が投げ飛ばされる。


「ぐへっ!」


〔うげっ!〕


地面に倒れていたシバの巨体の上にジャンヌが投げ出された。ふたりとも大したケガはなさそうだが……しかし。


「……」スン


ロジャは表情ひとつ変えずに、なおも真っ直ぐに俺を見ていた。俺、シバ、ジャンヌの3人の相手をものともしていない。軽くあしらって見せた。すさまじい成長っぷりだ。


「ははっ……スゲーや」


本当に、俺の心の内を占めるのは凄いという感情のみだ。


……だって、もう臆するところなんて何もない。ロジャが求めているものは分かった。


ロジャは恐らく……俺に【鍛錬の成果を見てほしい】と思っているのだ。


『必ずまた会いに来るよ。その時はまた旅をして、色んな強いヤツと戦いに行こう。だから……それまで怠けずに、しっかり鍛錬するんだぞ』


6年ばかり前、あの別れの日に俺の言った言葉を、ロジャは愚直に守り貫いたのだ。だからこそ、弟子である自分の成長を、師匠の俺に認めてほしいと思っているのだろう。


……だけど残念ながら、その期待に応えられそうにない。ロジャがこれまでの鍛錬で身に着けた力を余すことなく引き出せるほどの実力が、今の俺にはないからだ。


「どうしたもんかな」


ただ、できるかできないかはさておいて、師匠の俺には弟子のその想いに応えてやらねばならぬ責務がある(と思う)。なので、俺は無謀とは思いつつも剣を構えた。


「やるっきゃない……」


「……」スッ


「さあ、来い。見せてみろ、ロジャ! お前の成長を──!」


ロジャが正面に一歩踏み込むやいなや、その体は残像を後ろに残して加速する。


……あっ、やべぇ。


ロジャの起こすあらゆる動作が、俺の知覚を容易く凌駕りょうがした。


……強……! 速……避……無理!! 


ロジャの成長は、俺の予想など容易く越えていた。ロジャの体が俺に肉薄する。もはやフットワーク、大剣の動きは目で追えないレベル。


……これを受け止める? 無事で!? できる!?


……否──死。


ロジャの大剣が俺に迫る──寸前に、しかし。そのロジャの足元がグニャリ。水たまりを踏んだかのように歪んだ。


「えっ……!?」


直後、その地面から勢いよく大きな【棘】が突き上がった。


……棘? いや違う、それは連なった【剣】の連なりだ。幾十本もの剣が歪に組み合わさってひと塊になって太い棘のような形を成し、ロジャの首元へと伸びていた。


「ッ!!!」


ロジャはとっさに、その棘を大剣で薙ぎ払った。しかし、後から後から、ロジャが逃れようとしてもその棘は地面のあらゆる箇所からロジャを狙い撃った。


「~~~ッ!」ムスッ


ロジャは頬を膨らますと、後ろに大きく退いた。


「あっ……ロジャっ!」


ロジャは大剣を背負って俺の前から走り去っていく。チラリ、途中で振り返った顔はとても不服そうだった。そしてそのまま、高原を囲むように生い茂る森の中へとその姿を消した。


「──はぁぁぁあ、間一髪だったのですぅ」


「うわぁっ!?」


ぬぽり、という独特な音と共に、俺の正面の地面の中からひょっこりと女の生首が現れていた。生首は俺の方を見ると……にへっと相好を崩した。


「ようやくお会いできましたぁ! テツトさん、お久しぶりなのですぅ!」


「お前……」


ぬぽり、ぬぽりと、生首だったその女は地面の中から体を這い出させると、「よっこいしょ!」と全身を地上へ現した。


「えへへ……【この中】に入っての移動はできるようになりましたけどぉ、まだスムーズに出ることができないんですぅ」


立ち上がり、長く綺麗な髪をたなびかせるその女性はとても美しかった。少しあどけなさが残る顔立ちに、しかし対照的にグラマスな肉体。加えてとても目を引く輝かしさ? というのだろうか。老若男女から愛されそうなアイドル性のようなものがあった。


……しかし、それにしても。


「誰だ?」


「えぇっ!? 私のこと忘れたのですかぁっ!?」


「いや、こんなタケノコみたいに地面からニョッキリ現れるキラキラ美女……俺は知らんのだが」


「えぇっ!? えっへへぇ~! 美女だなんてぇ、そんな風に褒められちゃうと嬉しいのですぅ~!」


その美女はキャッキャと照れながらはしゃぎ始める。


……で、ホントに誰なの?

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