どこか見覚えのある魔女っ子(2 / 9)

「め、女神様……? いったいどうしてこの世界に……というか、その姿は……?」


「──くっ……! サラバじゃっ!」


女神様(ちっこい)は俺から後ずさりすると──ダッ! と、間髪入れずに後ろを向いて駆け出した。


「えっ……えぇっ!? 女神様ぁっ!? なんで逃げるんですかっ!?」


思わず、俺はシバたちを置いてその後を追ってしまう。


「なっ、なんで追いかけてくるのじゃー!」


「いやだって、そりゃ女神様が逃げるから!」


「こっちに来るなぁぁぁあっ!」


「なんでぇぇぇっ!?」


ふたり、街を駆け抜ける。イースは都市というだけあって、その街並みにはたくさんの人たちが溢れかえっていた。


「あらイオちゃん、追いかけっこ? 元気ねぇ」


「イオちゃん、この前はウチの息子を助けてもらってありがとうよ」


「イオちゃん、飴ちゃんをあげようかい?」


すれ違う人々から、女神様は『イオちゃん』と呼ばれて温かな声を掛けられていた。なんとも、ずいぶんとしたわれている……というか可愛がられているようだ。


「えぇいっ! イオちゃん言うな! いいから今は道を開けるのじゃー!」


女神様は腕をブンブン振り回して、そんなイースの住民たちの間をスルスルと駆け抜けていく。周囲の人々はそんな女神様の様子をほっこりしたような笑顔で生温かく見守っていた。


……速い、っていうか、ちっこいから人の間を抜けるのが上手いんだよなぁ。


なかなか普通に追いかけていては追いつけない。けど、マヌゥと融合中の今の俺の身体能力は普通の人の範疇はんちゅうにはない。


「ハッ!」


人だかりをひと足に飛び越え建物の壁を蹴って、狭い路地へと逃げ込んだ女神様の前へと回り込んで着地をする。


「──んなぁっ!?」


「女神様、もう逃がしませんよ……!」


……なんだか、ずいぶんと悪役みたいなセリフだなぁ? 自分で言ってて思う。しかしいくら顔見知りの女神様とはいえ……幼女を追いかけ回して路地までやってくるとか、いくらなんでも変質者チック──


「──あっ、幼女? ってことはもしかして……」


そこにきて、俺は思い至る。女神様が俺から逃げ出した理由に。


「女神様、もしかして俺の能力の【女の子供にモテる】力のせいで……」


「ゴ、ゴッド・バリアぁぁぁっ!」


女神様が両手を胸の前でクロスさせると、何やら神々しい虹色のオーラのようなものが女神様の体を覆った。


「はぁっ、はぁっ……」


「えっと、大丈夫ですか? 俺のこと好きになってませんか?」


「なっとらん……ギリギリで耐性を付与したわこのアホンダラめ……」


女神様は大きなため息を吐く。


「はぁ、危なかったのじゃ。危うくお主の呪いに気が触れるところじゃった……!」


「呪いっ? いま俺の能力のことを呪いって言いましたっ!?」


「もはや呪いみたいなもんじゃろーがっ! すれ違う幼女らを一瞬で虜にする能力なんぞ非人道兵器にも勝る鬼畜呪術じゃっ!」


「俺にその能力を与えたの女神様でしょーがっ!」


「我じゃないっ! この異世界の神じゃっ! 管轄かんかつ違いじゃっ!」


女神様は肩を上下にするほど荒くなっていた呼吸を整えると、それから取り繕うように腰に手を当てて偉そうに胸を張った。


「あー、まあ、なんじゃ? 久しぶりじゃな、テツト」


「え? あぁ、はい。お久しぶりです……」


「いやぁ、てっきり先の戦争で死んでおるのではと思っておったが……元気そうでよかったよかった。まあ、これからもお互い元気でやるとしよう。それじゃっ!」


「……いやいや、ちょっとちょっと!」


女神様はまるで何事も無かったように立ち去ろうとするので、その腕を掴む。


「な、なんじゃ? まさかテツト、お主……この5年でロリコンに目覚めたのか?」


「目覚めとらんわっ! そうじゃなくて、いろいろと説明不足すぎるでしょっ!? なんで女神様がこの世界に居るのかとか、なんでそんなにちっこくなってるのとか!」


「ちっこい言うな!!!」


『ちっこい』という単語に反応して犬歯をギリギリ剝き出しにして唸る女神様をなんとかなだめる。


「……で、なんでそんな姿に?」


その姿は俺が10年前天界であった時の女神を、そのまま5歳児にしたような感じだ。あの時の面倒見の良さそうなお姉さんって雰囲気はどこにもない。すごーく、ちんまい。ちっこい。ただとても可愛らしいので、都市の人々から好かれる理由はよく分かる。


「は、話せば長くなるのじゃが……」


女神様はため息交じりに、これまでに起こったことを話し始めた。




* * *




〔ご主人、どっか行っちゃったねぇ……〕


シバがシュンとその大きな尻尾を丸めた。


「先ほどの魔術師? の女の子のことを追っていったようですが……何やら顔見知りのようでしたね」


シバ、ジャンヌ、ロジャはイースの入り口でテツトが走っていった方を呆然と眺めていたが、特に追ったりはしなかった。


「まあ、再会ならそれに水を差すのもいただけませんし、私たちは私たちのやるべきことを果たしましょう」


〔やること?〕


首を傾げるシバに、ジャンヌは頷いて答える。


「今回テツト様が冒険者ギルドから依頼されているのはイースへの加勢。であれば、この町の人々の役に立てることを探すべきでしょう」


〔ああ、そうだねっ! じゃあボクはなんだろ……? ボクあんまりできること無いかも……?〕


「では私を乗せて、ニオイを辿って傷病人の居そうな場所まで運んでいただけませんか? 私の力が役に立つはずですから」


〔なるほどっ! 分かったよ、それならボクも活躍できるかもっ!〕


ジャンヌの提案に、シバがワォンッ! と嬉しそうに吠える。


〔ロジャは? ロジャもいっしょに来る?〕


「……」フルフル


ロジャは少し考えるように空を見たあと首を横に振った。


「ロジャさん、何かやることが?」


「……」コクリ


〔何をするのー?〕


「……変な気配、感じた……ので、調べる」


ひと言そう言うと、ロジャはテツトが走っていった方向とは別の方へと歩き去っていく。


〔……なんというか、ウチのチームってまとまりないよねー〕


「まとまり、ですか?」


〔クロガネイバラのみんなみたいに、こう……一致団結! みたいな感じ?〕


「まあそうですね……元々チームとして申請もしていませんからね」


〔えっ、チームって申請するものなのっ?〕


「ええ。冒険者ギルドへとメンバーと代表者、チーム名を決めて申請する必要がありますね。そうすると、晴れて冒険者チームとして活動ができるようになるんです」


〔ええーいいなぁ! ボクもクロガネイバラみたいなカッコイイ名前が欲しいよっ!〕


わふっわふっと鼻息荒く小躍りするフェンリル姿のシバを、ジャンヌは微笑ましそうに眺める。


「でしたらテツト様に後ほどお願いしてみてもいいかもしれませんね」


〔うんっ! そうするー! それに、チームになったらみんなの仲もいっそう深まるかもー!〕


「……確かに、それは一理あります」


今の自分たちはテツトという1人の大切な人を共通項として寄り集まっているに過ぎない、ということはジャンヌも自覚していたところだった。


……であれば、チームという形になれば少しは団結心というものも生まれるのかも。


「ちなみにシバさん。どんなチーム名がいいな、とかは決めているのですか?」


〔そうだなぁ……【ハイパー強強つよつよテツトーズ】とか?〕


「……名前もテツト様と相談して決めましょうね」


ジャンヌは、命名権だけは絶対にシバには与えまいと決意した。

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