シバと帰郷( 3 / 3 )

──山賊、それは読んで字のごとく山で人を襲う賊共の総称だ。なんでも今この近辺では山賊が出始めるようになったらしい。


『モンスター討伐依頼をこなしていただける冒険者の数が次第に増えてオークなどが減ってきたら、その代わりに今度は山賊の数が増加傾向になりまして』


冒険者組合の一部屋で、サラサはそう言ってため息を吐いた。


『相手が大した力の無い賊ならこちらも対応できたのですが……今問題になっているその賊の首領は自らを逸脱者アウトサイダー? などと名乗っているらしく』


サラサはその山賊の討伐を俺に依頼したいとのことだった。




──そんなわけで俺とシバは今、その山賊がよく目撃されるという町から十数キロ離れた場所、隣町へと続く山間の道を歩いていた。




そこは周りが木々に覆われる坂道だった。シバには人間の姿をしてもらったまま、俺も普段身に着けている装備はなるべく外して、行商人っぽい恰好で、散歩の速度で道を行く。いわゆる【おとり捜査】というやつだ。


「それにしても山賊かぁ。そういえばママがひと昔前はフェンリルの死体を漁りに山へ入る不届きな輩が多かったって言ってたっけなぁ」


シバは鼻歌を歌いながら、ふと思い出したように言った。


「フェンリルの毛皮は高級なんだって。ママが昔人間の市場に行ったときに競売にかけられているのを見たって言ってたよ。人間は何でもかんでもお金に替えちゃうって呆れてた」


「ああ、確かに昔はフェンリルの毛皮が売られてたことがあるってウワサ話は俺も聞いたことが……って、ママ? ママってその、もしかしてあの時シバを迎えにきたフェンリルか?」


「うん、そうだよ」


シバは明るく頷いた。


「あの時はママとケンカしてボクだけ人里に降りてきちゃったけど、今のボクぐらいの歳になって自立するまではママといっしょに過ごすのが普通なんだ」


「なるほど、どおりで。だからシバだけトラバサミに捕まってたのか」


「うん、そう。あれは痛かったなぁ。ママがボクだけで走っちゃダメって言ってた理由が分かったよ。でも」


シバはニッコリと微笑んで、俺に頭をこすりつけてくる。


「そのおかげでご主人に会えたんだから、悪い事ばかりじゃないよねっ!」


「……まあ、確かにそうだな」


「だよね~~~! ご主人ご主人~~~!」


くぅんくぅんと鼻を鳴らしながら、シバが抱き着いて甘えてくる。俺がヨシヨシとその背中を撫でていると、




「──ケッケッケッ、お熱いねぇ!」




予定調和のように、どこからかそんな下衆の脇役じみた男の声が響く。かと思えば、複数の男たちが俺とシバを囲うように左右の木々の陰から姿を現した。


「ウワサを聞いてなかったかぁ? この辺りに山賊が出るってよぉ」


「護衛の冒険者も付けずに無用心なヤツらめ」


「とりあえず金と女、ぜんぶ置いて行ってもらおうか」


武装した男たちはゲラゲラと笑いながら間合いを詰めてきたので──とりあえず俺たちは素手で殴りつけてそいつらを一掃する。


「かひゅっ!?」


シバの無音の高速パンチは正確無比に男たちの下顎を打ち抜き、俺もまた数人を力任せに殴り飛ばす。


「おっ、おいおい! コイツらただモンじゃねーぞ!」


残った山賊たちは戸惑いながら後ずさりする。しかし、その後ろから、


「狼狽えるな、みっともない」


しわがれた低い声が聞こえた。そして山賊たちの間を割るように現れたのは黒く古びたローブを身に纏った爺。フードの隙間から見えたその顔は骨と皮ばかりだった。


「お前たちには私がいる。この死の王がな……!」


爺のミイラのように落ち窪んだ目の底に光る燃えるような赤の瞳が俺とシバを睨みつける。


「さあ冒険者よ。選べ。全てを渡すか、全てを奪われるか」


「えっと……爺さん、あんたが自称逸脱者アウトサイダーとやらか?」


「ほう? そうか。それを知りここに来ているということは貴様、冒険者か」


ククク、と。そのミイラのような男は笑う。


「いかにも。私こそ死を克服せし天才黒魔術士キースなり。200年の研鑽により、この身は逸脱者アウトサイダー……【不死】となった」


「ふーん……ネオンとはずいぶん違うみたいだけど」


「ネオン? 貴様いま、ネオンと口にしたか……!」


キースの表情に憤怒の色が映る。


「爺さん、ネオンと知り合い?」


「知り合いなどと! ヤツは敵……私の不死の研究を模倣した怨敵だ! 私が、私こそが先に到達すべき高みへとヤツはたった数年で……」


キースはローブの中からワナワナと震える細い腕を出して俺に向けてくる。


「予定変更だ。貴様らを殺して、その首をヤツの前に転がしてやる! 見るがいい、我が研究成果の1つ……ファイアーボールを!」


次の瞬間、俺とシバめがけて火の球が飛んでくる。俺は背中の木筒に入れて隠し持っていた黄金の剣を抜き、それを斬り裂いた。


「そういえばファイアーボールってこれまで見たことなかったな。開発されてなかったのか」


「なっ……!?」


俺はそんな感想を覚えつつ、絶句するキースへと距離を詰める。


「くっ、ファイアーウォール!」


「せいっ」


スパッ。


「──えっ」


自称死の王の首が飛ぶ。


キースの身を隠すように立ち上がった火の壁ごと、俺はその首を刎ねていた。キースは絶命する。まるで砂袋を裂いたかのようにカラカラに乾いた感触で、その体からは血ひとつ出たりはしなかった。


「やっぱり逸脱者アウトサイダーでも何でもなかったな、コイツ」


一番初めにその姿を見たときから勘づいてはいた。コイツはただフかしているだけだなぁ、と。ネオンや他の逸脱者に感じた異様な魔力の圧迫感はまるで無かったし、強い雰囲気もまるでなかったのだ。


……それに不死でもなかったしな。晩年になって【不老】を極めたってところだろう。


「不死の研究をしてた、とは言ってたけど……これがネオンとの才能の差ってやつなのかな」


俺もつい昨日不死になる方法について考えていたけれど……こうなると考えものだな、と思ってしまう。俺がどれだけ努力したとしても、魔術の才能がなければこのキースと同じ末路を辿ってしまうのではないか、と。つまり、ヨボヨボになっても不死にしがみつき、不死者を妬む生きた亡霊になるのではないか、ということだ。


「ご主人ご主人っ! 他の山賊はみんな倒したよ~!」


「んっ? ああ、そうか。お疲れ様、ありがとうな」


ノビた山賊たちを背景に、シバが飛びついて甘えてくるので俺はまたその頭を撫でる。撫でつつ考える。


……エルフのような長命種でもなく、魔術の素養も無い俺でも、他にシバたちと共に長い時間を歩む方法は何かないだろうか……?


「あっ」


生命エネルギー。俺の頭によぎったのはそれだ。生命エネルギーを大量に内包している精霊であるマヌゥは、エルフやフェンリルと比較にならないほど長い年月を生きることができるらしい。


……ただ、マヌゥは精霊なのに精霊の生態については全然詳しくないんだよなぁ……。


アテはできた。でも、どうにかして精霊のことについて詳しく知る必要もできてしまった。ひとつ障害を越えたらまた新しい障害がニョッキリ出てきた感じだ。


とはいえそれ以上この場で考えていてもラチは明かない。とりあえず俺たちはその残りの山賊たちを縛り上げ、冒険者組合へと報告。近辺での山賊被害については収束したのだった。




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お読みいただきありがとうございました。

個人的にただの不死にはあまり良いイメージが無いです・・・いろいろと大変そう。


次回のマヌゥのお話で短編は終わりです。


また来週よろしくお願いします!

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