困ってる子供1号 ケガしたフェンリルちゃん(2 / 2)

そんなわけで俺は罠に掛かったしばの子犬(仮)へと近づくこととする。柴犬(仮)がこちらに気が付いた。


〔ッ! ウゥ~~~!〕


「どおどお、俺は敵じゃないぞ」


〔……キュゥン〕


柴犬(仮)は最初の一瞬は唸り声を上げたものの、俺が近づいてその側に身を屈めると、縮こまって震えるだけとなった。怖がらせてしまっているのかもしれない。


「ごめんな、ちょっと我慢しておくれよ」


〔……! きゃんきゃんッ!〕


「よい……しょっと!」


俺はトラバサミの間へと木剣を挟むと、テコの原理でその罠をこじ開けた。


「よしよし、もう大丈夫だ。痛かったな」


〔くぅん……〕


「傷の応急処置をしようか」


俺はその子犬を膝の上に乗せ、傷を見る。……よかった、骨は折れていないようだ。でも、傷がちょっと深い。痛がる子犬を押さえつつ、傷口を水筒に入れていた水で洗い流し、安物の傷薬を塗りたくる。その上からハンカチを巻き付けた。


「悪いな。俺、駆け出し冒険者だからあんまちゃんとした医療用具持ってなくって。でもひとまずはこれで大丈夫だと思──うわっ!?」


〔きゃんきゃんっ!〕


「ちょいちょいっ! わはっ!」


ベロベロベロと、子犬は俺の膝上で後ろ足立ちすると顔を舐めてきた。最高の愛情表現だ。俺は犬が大好きだ。Our Tubeとかアウトスタグラムでも犬動画ばっか観てた類の人間だ。


「よーしよしよし……」


〔くぅ~ん〕


「ほれ、シバちゃんよ。干し肉だ。食うか?」


〔きゃんきゃんっ!〕


「ほれほれ、お水も飲みなさい」


〔アンっ!〕


うむ、やっぱ人間に対して敵意をまるで見せてこない。ってことはモンスターじゃないってことだ。


「あるいは……お前、雌の子犬みたいだし、俺の【女の子供にモテる】特殊能力のせいで惚れてるだけって線も……」


〔アンッアンッ!〕


「ははっ、だよな~。さすがに無いわな。効果は人の子供限定だろうし」


──とまあ、そんなこんなで、俺はこの柴の子犬と毎日いっしょに過ごすことになった。


たぶん親犬からはぐれてしまったのだろうから、宿には連れて帰らなかった。罠のあった近くの安全そうな洞穴にモンスター避けを作り、簡易的な小屋を建て、俺はそこへと毎日通って子犬にエサとお水を与え、傷口に当てるハンカチを代え、それから自分の仕事もしつつ、時間が許す限りで共に遊んでいた。


「……ヤベ、あと2銅貨しか無い……」


エサ代と傷薬代が思った以上にかさんで、サイフはすっからかんになりそうだったけど、でも最後まで子犬の面倒は見ると決めていた。一度拾った命には責任を持たねばならない。それに、何度でも言うが俺は犬が大好きだ。


……俺のメシ代を我慢すればどうにでもなる。宿も野営すればタダだしな。


そして、子犬と出会って2週間が経ったころ。


「お~い、シバ! 今日もテツトくんがやって来たぞ~!」


俺は子犬をシバと呼ぶようになっていた。名前を付けたわけではなかった。柴犬を略してシバって呼んでるだけだし。


そしていつもの場所に行くと──超絶でっかい柴犬がそこにはいた。


「ひょえっ!?」


思わず息を飲む。その柴犬は俺の身長をはるかに超える大きさがあった。全長はおよそ5メートルはあるんじゃなかろうか。


〔ガルルッ〕


「……!」


その声にはさすがの迫力がある。でも、襲われるとは思わなかった。シバが、そのデッカい柴犬にすり寄って居たからだ。


「……シバの、母犬か?」


〔グォン〕


「そっか。探しに来てくれたんだな」


その母犬は俺にそのデッカい顔を一度、お礼を言うかのようにこすりつけると、シバを森の方へと促した。


……そっか、お別れか。


シバは一度、俺の足元にまで駆け寄ってくる。


〔キャゥン……〕


「元気でやれよ、シバ。お母さんと仲良くな」


その頭を撫で、最後にハグをした。その時、


〔──オトナになったら必ず、お礼に来るからね……ご主人〕


「……えっ?」


シバが、喋ったような気がした。俺の頭に響いたのは少女の声だった。


「シバ、お前いま喋って……?」


〔くぅん〕


「……そうだよな、そんなわけないよな」


俺は抱きしめていたシバを地上へと放す。シバは母犬と共に、今度こそ森へと入っていった。


「……じゃあな、シバ」


俺は最後まで笑って手を振ってその後ろ姿を見送ると、町への帰り途中に寂しくて10分くらい泣いた。でも俺のメンタル修復は速い。すぐに立ち直って冒険者ギルドに行った。いつの間にか町に滞在していた冒険者チームは去っていて、俺は新しくモンスター討伐依頼を受けた。金欠は解消された。




* * *




テツトが柴犬と別れた翌日。テツトが柴犬と出会ったトラバサミの仕掛けられていた場所に、ふたりの猟師の男たちが現れた。


「親分……やっぱ何も獲れて無いですゲスよ? こんな変な場所に罠を仕掛けて何を狙ってたんでゲス?」


「子分よ、この辺りの森には【フェンリル伝説】があるんだぜ」


「フェンリル伝説? そいつぁいったいなんでゲスか?」


「風のように速く大地を駆け、人の姿にも化けて人語も話すと言われている魔犬が、人間と恋に落ちるって伝説なんだぜ」


「伝説って……つまりはおとぎ話の存在ってことでゲスか?」


「まあ、それはあくまでおとぎ話だが……ただ過去には市場でフェンリルの死骸が、1頭5000金貨で取引されたことがあってウワサがあるんだぜ」


「5000!? 3世代で遊んで暮らせる額でゲスっ!」


「そうなんだぜ。だから俺もよ、一攫千金を狙って罠を仕掛けたわけなんだぜ」


「うひょ~~~! 夢があるでゲス! ちなみに、そのフェンリルの特徴ってどんなんでゲスか!?」


「小麦色の毛並みにつぶらで力強い瞳をしているらしいんだぜ。幼少期は人間にも化けられないしそんなに賢くもなく、罠にかかりやすいってウワサなんだぜ!」


「……でも、フェンリルどころかモンスターの1匹も罠に掛かってないでゲスよ?」


「1カ月も仕掛けておけばもしかしてと思ったんだが……アテが外れたんだぜ。やっぱり人間、コツコツ稼がなきゃダメなんだぜ!」


「さすが親分でゲス! 一生ついていくでゲス!」


そうしてふたりの猟師はトラバサミを回収すると、その場から去ったのであった。

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