獣王国 後編(6 / 8)

「シバだけじゃねぇ。ジャンヌも、ロジャも、マヌゥもだ」


黙り込むその俺の仲間たちを模したナニカたちに、俺は言葉を続ける。


「俺の本当の仲間たちは、俺を憎んだり恨んだりなんてしない。たとえ俺のスキルのことを知ったとしてもな」


「ははっ、大した自信だね。でも事実として、ボクはそのスキルのことを知ってお前を憎んだんだ。ボクだけじゃない、みんなの心を弄んだお前を。ボクは、ボクたちはみんなお前のことが大嫌いだよテツト。心底ね」


「ふーん、あっそ」


「……開き直ってるの? 最低だ」


シバの形を模したソレは、不機嫌そうに俺をにらみ付けてくる。


……開き直るも何も、ねぇ。


「確かにお前の言う通り、俺は【女の子にモテる】スキルでシバたちの心を操ったんだろうな。シバたちが俺に惚れてくれて、今こうして俺の側に居てくれているキッカケは確かにそのスキルにあったんだろうよ」


「そうだよ? じゃなきゃ誰がお前みたいな小汚い凡夫の元になんか──」


「──けどな、それは結局ただのキッカケだ」


「……なにが言いたい?」


「そのキッカケの上に、互いに築き上げてきた信頼があるって言ってんだ」


「……?」


シバそのものの顔を不可解そう歪めたソイツは、やはり何も分かっていないようだ。


「なあ、考えてもみろよ? あんなに俺にはもったいないほど気高く優秀なシバたちが、子供のころのスキルの影響を引きずるがまま、何の根拠も無い気持ちに縛られ続けてるわけがないだろ」


この10年で分かったことがある。


俺は10年前からこの世界に居て、そして不運な事故によって俺のスキルにかかり、俺に惚れてしまった町村の女の子ロリはシバたちを除いて100は下らない。




──だが、今現在。果たして俺のことを追いかけ回す女性は100人もいるだろうか?




──答えは、NO。


つまり……俺のスキルは真に【女の子供ロリ】以外には効かず、大人の女性レディになったらその時点で効果が無くなるものに違いないのだ。


「俺とシバたちを巡り合わせてくれたのは確かにスキルだよ。でもな……シバたちが俺のことを想い続けてくれていたのは、その後に築き上げた信頼があったからこそだ。たとえそれがどれだけ短い時間で、他人からは小さなものに見えたとしても……シバたちはそこで真に俺を好きになってくれた」


「……気持ち悪いね。どこからそんな自信が出てくるんだか」


「はぁ? そんなのシバたちの普段の言動を信じてるからに決まってるだろ」


「ねぇ、モラルは無いのっ? たとえただのキッカケ部分だけだったとしても、人の心に無理やり踏み入って、荒らして、自分のことを好きになるように仕向けてさっ!」


「ふぅん? 今度は良心に訴えかけてくるわけか。だがな、モラル? そんなの、あるわけないだろ……!」


「は!?」




「【女の子にモテる】チートスキルが欲しいなんて願ってる時点でよ、正々堂々なんて心があるわけねぇ! 俺はとにかく、ただひたすらに、この世界でモテたかっただけなんだよ!」




「な……な……!?」


「俺は……モテたい。たとえばそうだな、俺が道を歩いていたらすれ違った可愛い女の子が二度見してくれるくらいに」


大きく口を開けてあぜんとする目の前のシバもどきに、俺は語る。


「あるいはそうだな、前の客には釣銭を放り投げるように渡していた女の子の店員が、俺には手を握るように渡してきたり……たまたま目が合った女の子にウィンクをしたら顔を赤くしてもらえたり、俺が告白した女の子がドン引きせず、むしろ嬉しそうにしてくれるくらいに!」


「き、気持ち悪い……」


「うるせぇ。だがな、俺は俺は初め、この異世界でそんなモテライフを望んでたんだ……! 前の人生じゃそうはならなかった、だからこそ……俺はこの世界で何が何でもその夢を実現したかった」


「……話にならないよッ!」


4人はそれぞれ各々の武器を構えた。シバはその爪を、ジャンヌは聖杖を、ロジャは大剣を、マヌゥは地面から生み出した無数の短剣を。そして一斉に俺に向かって突撃してくる。


「そんな普通のモテ方がしたかったんなら、分をわきまえてボクたちに手を出すべきじゃなかったねッ! さあ、大人しく死ねッ! 死んでボクたちをお前という呪縛から解き放てッ!」


「呪いはお前の方だろ、【呪術神】」




──ザンッ! と。俺は飛びかかってくる4人全員を躊躇なく斬り伏せた。




「話はまだ終わってねーよ、呪術神。俺はな、確かにそんな普通のモテを望んでいたよ。でも、もう充分なんだ。10年この世界で暮らして、シバたちと出会えて、俺は今の生活がスゲー楽しい。だから……その生活を難癖付けて汚そうとする部外者おまえは絶対に許さん」


「な、なぜだ……なんで少しの躊躇もなく、仲間の姿のボクたちを斬れる……!? 心が、無いのか……!?」


かたるなよ、俺の仲間を。本物のシバたちなら俺は一方的に殺られてた。シバも、ジャンヌも、ロジャも、マヌゥも。みんなお前らなんかより遥かに強く気高い存在だ」


「あり……得ない、〔あり得ぬ……!〕


唐突にシバの口から放たれる声の質が変わる。


〔オカシイ……あり得ぬ……例え偽者だと分かろうが、愛する仲間の姿をした相手を攻撃するのは、ためらうハズ……〕


「ようやく化けの皮が剝がれてきたな、呪術神」


〔不可解。何故、貴様は一切の心の隙を見せぬ……!?〕


シバ、ジャンヌ、ロジャ、マヌゥの姿が霧のように立ち消えたかと思うと、目の前に巨大な暗闇を凝縮したような形の人型が現れた。闇を取り払われたその空間は一面が白く、人型の隣には力なく倒れるメイスの姿があった。


「メイスッ!!!」


〔無駄だ……この者の精神は支配した。貴様もひと思いに殺せぬのであれば仕方ない……〕


「がっ!?」


人型の呪術神は黒い闇の手を凄まじい速度で俺に伸ばし、掴んできた。


〔解決。直接その精神を乗っ取ろう。魔王様の支配下へいざなってやる……!〕


闇が、禍々しいその魔力が、俺の精神を侵蝕しようと体に侵入を試みる──が、しかし。


〔なっ……!〕


「フッ、フフフッ! 残念だったな、呪術神……!」


グググッ、と。俺は呪術神のその漆黒の手首を捻り上げながら、言う。


「お前の敗因は、精神勝負を俺に挑んだことだ……!」


〔ふ、不可解……! たかだか人間の男ひとりの精神を、乗っ取れない……!?〕


「俺の精神は、心は……この10年でバキバキに折られまくっては修復して、もはや世界樹よりもふてぇのさ」


最初に闇の中でシバたちの姿をした呪術神に罵倒された時に冷静でいられたのも、そのシバたちの姿を迷いなく斬り伏せたられたのも、そして今俺の精神が魔力なんぞに負けないのも……全部この世界で鍛え抜かれた【図太さ】があってのものだ。


「さて、じゃあこいつは悪夢を見せてくれた礼だ──ッ!!!」


俺の剣が真横に奔った。ズバンッ! と大きな斬撃音を奏で、魔力で形成されたその人型の呪術神の胴体は真っ二つになる。


「よくも俺の大切な仲間たちを愚弄してくれたな、呪術神。お前はここで消え果てろ」


〔グッ……この……! 精神の異形、めッ……!〕


「異形? 化け物呼ばわりとは酷いな」


〔……あまりに、危険ッ……ここで仕留め……無理……申し訳ありま……魔王、サマ……〕


塵のようになって、呪術神が消えていく。辺りを埋め尽くしていた闇はもはや無く、俺は剣を仕舞うと片手で倒れていたメイスを抱き起こす。


「メイス……メイスっ?」


「ん、んぅ~……もう、ぶぶ漬けは堪忍やぁ~……ぐぅ」


「寝言か……? まあ、無事みたいだな」


闇の消え去った白い空間にヒビが入っていく。呪術神が消えたことによって、俺たちを取り込んでいたその呪いの領域が消滅しようとしているのだろう。


おそらくこのままジッとしていれば元の世界に、俺たちが居たあの遺跡の中に返ることができる──と、俺は背中に感じた視線に、後ろを振り返った。




「…………」ジー




いつの間にか、背後に誰か居た。それは美しい少女だった。長い銀髪、ヤギの持つような大きな黒角、紅い瞳が特徴的な……儚げな美少女だ。


「……」ジー


彼女は俺を見ていた。よく見るとその体は透けていた。とすると、思念体のような存在なのかもしれない。


……その視線から、不思議な圧力を感じる。


「……魔王、なのか?」


魔王の姿かたちは見たこともなければ聞いたこともなかった。でも、つい俺の口を突いて出たその問いは真実に近かったように思う。


「…………」


しかし、彼女は口を開こうとしなかった。その内に、領域の崩壊は加速していく。白い空間が剥がれ落ちていく中で、またもやいつの間にか、その少女の姿は消えていた。

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