困ってる子供2号 オークに襲われてるエルフちゃん(2 / 2)

何故かはわからない。しかし、この目の前の少女にはどうやら俺の【女の子ロリにモテる】特殊能力が効いていないらしい。いったい、どういうことだろう。見た目は普通の少女なのに……。


「どうしましたか?」


少女が小首を傾げた。その時、その髪の間から見えたのは特徴的な尖った耳だった。


「なるほど! 君はもしかして、エルフってやつか!」


「……はい。そうです」


それなら納得だ。たぶん俺のスキルは人間にしか効果が無いのだろう。だから、エルフの少女にはモテないと、そういうわけだ。


……よかったよかった。またロリに『ケッコンして!』とか迫られるのも大変だしな。


「まあそれはともかく、君はどうしてここへ?」


「や、薬草を採りに、です」


「ひとりでか?」


「はい……実は、里のみんなが病で倒れてしまいまして。私しか薬草を採ってこれるエルフが居なかったんです」


「マジか……それは大変だったな。で、薬草ってのは?」


少女がいくつかの薬草の名前を挙げた。ほうほう、なるほどなるほど。これは大変に都合がいい。


「それなら俺が今ぜんぶ持ってるよ、ホラ」


俺は戦闘途中で放り出していた藁かごを取って来て、それを少女に見せた。


「わっ、本当です……っ! しかも、こんなにたくさん! あの、助けてもらったうえで厚かましいお願いですが、この薬草が生えている場所を教えていただいてもよろしいでしょうか……?」


「えっと、この薬草はここから北に進んだ先の滝の周りと、こっちの薬草は西の苔に覆われた大岩の辺りだな」


「あっ、ありがとうございますっ!」


「でも君ひとりで探しに行くのはナシだからな。里の大人が元気になったらいっしょに行くことだ。今のこの山はオークが大量に出現してるから、君ひとりじゃ危ない……ってのは、もう身をもって知っただろう?」


「は、はい。でも……里のみんなが……」


「だからこの薬草を全部あげるからさ、今日はもう帰ろうぜ」


「……えっ?」


俺はキョトンとするエルフの少女の手を取って、山を歩き出す。


「君の里はどっちだ? あっち? それともこっち?」


「ま、待ってください! まだ話の途中で……」


「いや、ウカウカしてたらまた新しいオークが来ちゃうし」


「助けていただいた上に貴重な薬草までいただくなんて、できませんっ!」


「ダメ。受け取りなさい。君がこのまま薬草の採取に向かってまたオークに襲われたらどうなると思う?」


その問いに、エルフの少女は顔をこわばらせた。


「そ、それは……また襲われて、今度こそ助かりません……」


「いや、それはちょっと違うな」


「えっ?」


「君が襲われたら俺がまた助ける。絶対に」


「……っ!」


「だから、俺にとっては君に薬草を渡して先に里に返してから、改めて薬草を採取し直す方が楽なのさ。俺ひとりならオークから走って逃げられるし」


まあ、確かに薬草を採取し直すのは面倒だ。でもこのまま少女を見放して帰るなんていうのはもってのほかだ。だってそれじゃ助けた意味が無い。


「まあそういうことだから、分かったか──って、アレ? 君? 聞いてる?」


「……えっ、あっ……はいっ!」


少女は納得したらしい。それ以上特に何も言うことなく、繋いだ手を離さず、大人しく俺についてくる。心なしか距離感が近い気がする……まあ、オークに襲われたのがよっぽど怖かったんだろう。


「あ、あの、里はそこです」


「おー、ホントだ。こんなところに集落があったんだなぁ。知らなかった」


「それは……はい。人間には知られないように、生きていますので……」


「ふーん?」


よく分からないが、まあきっと里なりの理由ってものがあるんだろうな。あまり深入りはしないでおくことにするか。


「さて、それじゃ無事に送り届けられたし……達者でな!」


「え、えぇっ!? あの、お礼のお金か品物を持ってきますので、ここで少しお待ちください!」


「いや、いいよ。俺さっきのオークの死体のとこまで戻って素材とって帰るつもりだし、充分利益が出るから」


「そんな……! お礼も無しに帰すなんてできませんっ!」


そうは言われてもな……。俺、別に遠慮してるわけではなく、実は本当に早く帰りたいだけなのだ。せっかく倒したオークの素材が横取りされるんじゃないかって、気が気じゃないんだよね。冒険者ランクDの俺にとっては、オークの素材はなかなか手に入る代物じゃないのだ。


「ならせめて……私の【スキル】でご奉仕を……!」


「えっ?」


エルフの少女が俺の胴体に抱き着いてくる。すると、ポワリと体が光に包まれた。少しだけ、傷ついた体から痛みが引いた気がする。ほんの少しだけだが。


「これは【聖女の光セイントヒール】という特殊能力なんです。でも、まだ力が弱くって、傷を完治させることは……」


「おおっ、すごいな!」


俺はあえて大げさに驚いて見せることにした。


「体の痛みが無くなったよ。その歳で回復魔術が使えるんだな、君!」


「えっ、えっ? そんなハズ……あとこれは魔術というわけでは……」


ぶっちゃけ俺の『体の痛みが無くなった』という言葉はウソだ。でもこれ以上気を遣わせるのも嫌だしな。治ったってことにしとこう。


「ありがとな。君は優しい子だ」


「ふぇっ!?」


少女の頭を撫でる。照れたのか、少女の顔が赤く染まった。


「じゃあ、これで本当にバイバイだ。里のみんなの具合が良くなるといいな」


「えっ、あっ、ちょっ……あのっ! あなたのお名前はっ!?」


「テツトだ。冒険者のテツト」


「テツト様! 私の名前はジャンヌといいます! いつかこのご恩は必ずお返ししますっ!」


「分かった。じゃあその時にまたな、ジャンヌ!」


手を振って別れると、俺は急ぎ足でオークの元へと戻る。幸いなことにオークの死体は誰にも横取りされていなかった。俺はオークから素材を剝ぎ取ると、冒険者ギルドに持ち込んだ。そこそこのお金になり、俺はとうとう鉄の剣を買うことができた。


そうして鉄の剣を手に入れたことで、そこから俺の実力は尋常じゃない速度で上がっていくことになる。




 * * *




エルフの少女──ジャンヌは、その後【テツト】にもらった薬草で薬を作りエルフの里を救った。


それから里のエルフたちにテツトという冒険者に救われた話をするが……しかし、誰ひとりとしてそれをまともに取り合おうとはしなかった。大量の薬草を手に入れたのは、【聖女】として生まれたジャンヌが為した【神の御業みわざ】なのだと信じて疑わなかった。


「いいですか、ジャンヌ。人間はこの世界の害虫です。森を切り倒し、爆発的に数を増やし、世界を侵食していくエルフの敵なのです。貴女はいつか聖女として私たちエルフを率い、人間たちへと反旗をひるがえす英雄となるのですよ」


「……違います」


「えっ?」


「そんなの間違ってる! これまでずっと『人間は敵』だと教えられて生きてきました。実際にこれまで人間によって多くの森が切り倒されてもいる。それでも、少なくともテツト様は私の敵なんかじゃないッ!」


ジャンヌは大人のエルフたちにそう叫びつけると、背を向けて走り出した。


……そう、テツト様は敵じゃない。だって、目が合った瞬間にこれまで人間に抱いていた忌避や憎悪の感情が一瞬にして失われ、心がポカポカしたんだもの。ずっと側に居たいって思うほどに。


「それに、私のことを命懸けでオークから助けてくれた。私の未熟な【聖女の光セイントヒール】でケガが治ったなんてウソを吐いてまで私を気遣ってくれた。そんなテツト様が悪いお方のハズがないわ」


ジャンヌはエルフの里のはずれにある聖地のひとつ、清めの滝までやってくる。


「テツト様にまた会ってお礼をして……ずっと一緒に居たいです。冒険者……それは確か、モンスターとかを倒すお仕事です。なら、戦士のテツト様のお役に立てるような立派なエルフにならなきゃ……」


──ジャンヌはこうして、これまでサボりがちだった聖女としての鍛錬に力を入れ始めることになった。ジャンヌが持つこの世界唯一の万能治癒能力【聖女の光セイントヒール】は年を追うごとにその力を増していくのだった。

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