ロジャと戦ってみよう(1 / 2)

帝国の北端の街、オグローム。その北門の近くの庭付きの大きな邸宅が最近俺のものとなった……まあ、俺のものというよりかはオグローム領主のものと言うのが正解ではある。


引っ越し作業を終え、邸宅の掃除を行い、なんとかイッキトウセンのメンバーみんなで住めるようにして2日。今日は訪問客があった。


『ロジャと手合わせさせてもらえないだろうか』


引っ越し祝いの高級馬車と馬たちを手土産として持ってきてくれたヴルバトラは完全装備だった。


そうして今、野球とサッカーとラグビーを同時に行ってもなお余りあるスペースのこの邸宅の庭で、剣戟が響き渡っている。


「……私の、勝ち」


「クッ、やはり敵わないか……!」


芝の地面に膝を着くヴルバトラは悔し気で、そのヴルバトラへと大剣を突き付けるロジャは対照的に涼し気な表情だ。


「私もまだまだだな。鍛錬が足りない、ということか」


「……ヴルバトラは、じゅーぶん強い」


「感謝する。だが、【強い】という範疇はんちゅうに収まっているだけではダメな気がするんだ」


ヴルバトラは、手合わせを見学していた俺を振り返る。


「テツト、貴君から見て私の動きはどうだった?」


「そうだな……特別悪い点は無かったと思う。むしろ、前にこのオグロームで戦ってたときより数段強くなってるんじゃないかな」


この前はヴルバトラは退魔の精霊たちと精霊融合をして魔王軍幹部であるワーモング・デュラハンと渡り合っていたが、今の実力があればそれも必要としないだろう。


「単純にさ、ロジャがめちゃくちゃに強いだけだよ」


「む……そうか」


「……」ムフー


ロジャは俺からの評価に満足げに腰に手を当てていた。その様子はなんとも可愛く、年頃ボーイッシュの女の子にしか見えない。


しかしやはり、その艶のある褐色の肌は強かな輝きを放っており、見る者が見ればその内側にあるしなやかで強靭な常人には得難い筋肉を想像することは容易いだろう。


そしていざ戦闘となれば、たとえ10万のモンスターを目の前にしようとも、自らの力を信じて表情ひとつ変えずに戦い抜く鋼の精神も持つ。


……肉体、精神、そして剣技。その全てにおいて天性の才を保つロジャ。世界最強の存在と言っても過言ではないと思う。


「最強、か」


ヴルバトラはアゴに手をやった。


「最強を相手にする私としては鍛錬になるが、このままではロジャが得られるものがないな……以前からそれが少々心苦しかったのだ」


「……」フルフル


ロジャは首を横に振る。得られるものはあると言いたいのだろう。ロジャは剣においては俺たちの及ぶべくもない才能の持ち主であり……恐らく、俺たちが大したことが無いと思ってしまう物事からでも幾十の学びを得ているに違いない。


「そんなに気にする必要はないと思うけど……」


「うむ。そうだとしても、もう少し善戦ができないものか」


ヴルバトラの悩みも分かる。いくら相手がそれでいいと言っていても、無償でその胸を借りるのは気が引けてしまうものだ。


……じゃあ、ここは俺がひと肌脱ぐとしよう。


「ヴルバトラ、じゃあ俺とふたりで挑んでみないか?」


「なに? それは、テツトとふたり掛かりでということか?」


「そういうこと。たぶんそれでようやく足元に及ぶってとこじゃないかな。ロジャはそれでどうだ?」


俺の問いに、ロジャはコクリと頷いた。


「だってさ。これならロジャと多少は善戦できるようになるし、俺たちの連携の練習にもなる」


「うむ……そうだな。ひとりじゃ到底敵わないのは改めて思い知ったところだ。テツト、ありがたく貴君の力を借りよう」


俺は黄金の剣を抜き、ヴルバトラもまたその愛剣ルナティックを構えた。ロジャは不動立ちで、肩に大剣を担いで俺たちの出方を待っている。


「──行くぞッ!」


俺が先陣を切る。俺の振るった剣が鋭くロジャへと迫る。しかし、やはりくるりと容易くかわされて、その回転力で今度は大剣が俺目がけて振るわれた。弾き、その軌道を変える。黄金の軌跡、剣と剣がぶつかる火花が辺りに散った。


「!」


ロジャが俺と剣を交わしながら振り返ると、そこでは姿勢を低くしたヴルバトラ。一瞬の内に素早い突きが何度も繰り出される。ロジャはもちろん全てを避ける。そこに生じた隙に、


──【無限試行】。


俺の視界、その全てのスピードが限りなく停止する。俺が操るのは俺自身の頭の中の時間……ゆえに、どれほどの力を持つロジャでさえもこの力に対応することはできない。俺は無限に等しい時間の中で、体の向き、剣の位置などからロジャの次の動きを予測する。


「ハアアアッ!」


「ッ!」


俺はシームレスな魔力操作により思考から肉体へと魔力を戻し、対モーフィー戦で見せた超人的な体捌きと先読みでロジャの動きの選択を奪っていく。


「スゥ──」


俺の先読みによる動きの型に嵌められたロジャの背後で、ヴルバトラが小さく音を立て、しかし深く息を吸いこんだ。


「絶技、【つじ斬り】」


ヴルバトラが手に持つルナティックが瞬いたかと思うと、いくつもの小さな真空の刃が常人の視認速度を越えてロジャへと迫る。


「ここだッ!!!」


俺もまた、ロジャがヴルバトラの攻撃を避ける選択をしては確実に対応できないだろう部位へと黄金の剣を奔らせる。確実に1本取った──そう思って、しかし、


「……」ニヤッ


俺は、ロジャのその口元から犬歯が覗き、その瞳が興奮にきらめくのを見た。

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