第78話

 本堂を抜けて参道に出ると、本堂の方からドタドタと足音が聞こえてきた。足音が複数である事から、恐らくあの部屋の中にいた女達も達山を追ってきたのだろう。


 しかし、達山が寺の門を潜り、振り返ると、女達は諦めたように本堂の入り口から達山を遠目に見ているだけで、外までは追って来なかった。


 昨日も通った村の農道を、達山は炎天下の中走り続ける。

 達山は普段からジム通いやフィールドワークをしているために、歳の割には体力に自信があったが、辺りは見晴らしが良く、車で追ってこられたら流石に走りではどうしようもない。


 それでも達山は、民宿に向けてひたすら走り続けた。


 数キロの距離を走り、肩で息をしながらも、達山は民宿へと辿り着く。しかし、休んでいる暇はない。達山は部屋の荷物も取らずに、民宿の前に止めてある自分の車に乗り込むと、ウエストポーチから素早く鍵を取り出し、シリンダーに差し込み、力強く回した。


 カチャリ


 鳴り響くはずのエンジン音は鳴らず、車内には虚しい音が響いた。達山は何度もキーを捻るが、その度にカチャリと虚しい音が繰り返される。恐らくバッテリーに細工をされたのだ。


 達山はハンドルに拳を叩きつけて車を降りる。そして近くに止めてあった民宿のライトバンの中を覗いた。だが、当然のようにキーは刺さっていない。


 考えている時間はあまりない。

 彼女達がみすみす達山を逃したのは、達山の行く場所が予測できるからだ。もう少しすれば彼女達は、達山が必死に走って来た道を車で悠々と辿り、達山を捕らえるだろう。そして……


 いっそ村の出口まで走るか。

 いや、体力的にかなり厳しい。それに、もし村の外に逃れる事ができても、彼女達が車で追いかけて来ればあっという間に捕まる。その前にあの山道で他の車に拾って貰える確率はかなり低い。やはり車が必要だ。


 車。


 達山はふと思い出す。

 アヤの家には車があった。そして、車のキーは確か玄関の脇に置いてあったはずだ。


 肉体的疲労と精神的疲労が蓄積していたが、ここでモタモタしていては、あの男のように食われるだけだ。


 達山はアヤと美咲が自分の肉を喰む様子を想像する。それは達山が考えうる中でも最悪の死に方だ。血溜まりと臓物に塗れ、達山の肉を貪りながら、あの二人が微笑むのだ。


 騙された悲しみと寒気が、その場に座り込みたい達山を突き動かす。

 呼吸を整えて、達山は再び走り出した。


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