第27話
茂木の部屋のドアをノックすると、中から返事は返ってこなかった。まだ寝ているのかと思いドアノブを回すと、鍵はかかっておらず、すんなりとドアは開いた。
開いたドアの隙間から、むせ返るような汗の臭いと、あの香炉から出ていた甘い匂いが漏れ出し、拓海の鼻をつく。葉月も昨夜あの香炉を持って茂木の部屋を訪れたのだろうか。
「茂木、いるか?」
拓海は室内に呼びかけるが、やはり返事は無い。
室中を見渡してもそこに茂木の姿は無く、畳の上にはシーツがしわくちゃになり、湿った布団が敷かれているだけであった。シーツの乱れ具合と湿り具合で、昨夜茂木と葉月がどれだけ激しく乱れたのか想像ができる。
茂木の部屋を出て一階に下りると、食堂には二人分の朝食が用意してあり、テーブルには「少し出てきます」と書かれたメモが置いてあった。丁寧な文字は恐らく女将によって書かれたものであろう。
拓海は茂木を探して民宿内をあちこち探して回ったが、風呂場にもトイレにも、他の空き部屋にも茂木の姿はなかった。
テーブルに置かれた二人分の朝食には手がつけられていなかった。これは茂木が朝食も取らずに民宿から消えた事を示している。
急に不安になった拓海は、靴を履いて民宿から飛び出した。しかし、土地勘の無い拓海にはどこに行けば良いか検討もつかない。連絡手段であるスマホも、昨日露天風呂に置き忘れたままである。
拓海は辺りを見渡しながら、民宿の前の坂を駆け下りる。そして少し考え、露天風呂へとスマホを取りに行く事にした。茂木は拓海がスマホを置き忘れた事を知らない。それならば、茂木から拓海のスマホになんらかの連絡が来ているかもしれないからだ。
拓海は昨日通った道を小走りで露天風呂へと向かう。村の様子は妙に静かで、昨日と違い今日は一人の村人ともすれ違う事は無かった。
走る拓海に夏の日差しが照りつけ、露天風呂につく頃には額にはじっとりと汗が浮かんでいた。
見つかるかどうか不安ではあったが、昨日着替えた岩場の陰でスマホはあっさりと見つかった。操作してみても壊れている様子はない。しかし、拓海のスマホには茂木からメールも電話も来ていない。茂木はどこに消えたのであろうか。
ますます心配になった拓海は、来た道を戻りながら茂木に電話をかけようとした。しかし、スマホの向こうから聴こえてくるのは、電波が届いていない事を告げるメッセージだけであった。
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