第28話
途方に暮れた拓海は、ふとある事を思い出し、途中まで下りかけた山道を折り返して、再び露天風呂へと向かう。
拓海が思い出したもの。
それは、昨日露天風呂に入るときに拓海が見つけ、葉月が持ち去った何者かのスマホであった。
別にあれが茂木の居場所を示す手がかりになると思ったわけでは無いが、なぜあのような場所にスマホが落ちていたのかがなんとなく気になったのだ。
あれは拓海と同じように露天風呂に入りに来た何者かが、入浴した際に置き忘れていったものであろうか。
それにしては不可解な点が一つある。
露天風呂には脱衣所などは設置されていなかったが、露天風呂に入りに訪れた人が着替えるのであれば、大抵は拓海達が服を脱いだ岩場か、葉月達が出てきた岩陰であろう。しかし、あのスマホは露天風呂の入り口となっている山道から、温泉を挟んで反対側の岩場に落ちていた。拓海であればわざわざ温泉を回り込んであのような場所で脱衣したりはしないであろう。
それならばなぜあのような場所にスマホが落ちていたのか。拓海にはそれが気になったのだ。
拓海は想像力を働かせてみた。
あのスマホの持ち主はあの場所に隠れていたのではないだろうか。
あの岩陰は温泉の入り口からは見え辛く、逆に露天風呂の入り口や温泉全体を見渡す事ができる。隠れる場所としては申し分ない。しかし、もしスマホの持ち主があの場に隠れていたのだとすれば、いったい何から隠れていたのだろうか。村人の誰かだろうか。そうだとして、なぜ隠れていたのか。
拓海は昨夜交わした茂木との会話を思い出す。
茂木は拓海に「考えすぎ」だと言っていたが、やはりこの村のもてなしには何か裏があり、そのせいで茂木は姿を消したのではないであろうか。あのスマホの持ち主のように。
いやいや、考え過ぎだと拓海はかぶりを振る。
そんなサスペンスドラマミステリー小説のような事が自分達の身に降りかかる筈がない。
この村の村人達は少し変わってはいるが、純粋に旅行者をもてなすのが好きなのだ。茂木だってきっと散歩にでも出たのであろう。それを必死こいて探し回るなんて馬鹿馬鹿しい。
拓海は自嘲して、民宿に戻ろうかと考える。しかし、わざわざ露天風呂まで戻ってきたのだから、念のために他にも落し物が無いか見てみることにした。スマホの他に車のキーでも忘れていて、またここまで登ってくることになれば二度手間だ。
拓海は自らのスマホが置いてあった岩場を見て、何も無い事を確認する。そして温泉をぐるりと回り、何者かのスマホが落ちていた辺りを覗き込んだ。
「……えっ?」
拓海の目に映ったのは、赤茶色のポツポツとしたシミであった。
それはまるで、血痕のようにも見えた。
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