第29話

 その血痕らしき染みを見た瞬間、引っ込みかけていた拓海の不安が一気に振り返す。


 きっとあのスマホの持ち主はこの場で何らかの危害を加えられて出血したのだ。そしてスマホを落とし、どこかへと連れ去られた。いや、もしかしたらこの場で殺されたのかもしれない。

 そんな想像が拓海の脳内を巡る。


 拓海はその場に立ち尽くしながら、脳内はパニックに陥っていた。


 早く茂木を探してこの村から出ねば。いや、もしかしたら茂木はもうこの世にいないかもしれない。とにかく一度この村を出たい。それもなるべく早く。


 すると、不安にかられて動き出そうとした拓海の目に、岩の隙間に何やら白っぽいものが挟まっているのが見えた。拓海はしゃがみこみ、岩の隙間に押し込められているそれを、指先でつまんで引っ張り出す。

 拓海が手にしたそれは、ぐしゃぐしゃに丸められた一枚の小さな紙であった。それを広げると、中には汚い殴り書きで短い文章が書かれていた。

 拓海はその一文に目を通す。


 『この村は灯籠村では無い』


 その一文は、ただでさえ混乱している拓海を更に深い混乱へと引きずりこんだ。

 この村は灯籠村では無いとはどういう意味であろうか。拓海達が一昨日の夜に村に辿り着いた時、村の入り口には確かに灯籠村と書かれた案内板が立っていた。葉月達との会話の中でも、灯籠村という単語は幾度も出てきた。ここが灯籠村でないはずが無いのだ。仮にこの村が灯籠村でないとすると、ここはいったいどこだというのであろうか。


 拓海は思考を巡らせ、想像を膨らませてみる。

 自分達は山道で迷い、この世とあの世の狭間に迷い込んでしまったのか。はたまた旅の途中で事故に遭い、今は天国にでもいるのか。

 そんなフィクションの物語を、拓海は映画か何かで観た事がある。


 あり得ない。サスペンスドラマよりもよっぽど馬鹿馬鹿しい。今はもっと現実的な思考をするべきだ。わからない事だらけではあるが、今自分は危険な場所にいる可能性がある。それならばとにかく茂木を連れてこの村を出る事を考えよう。


 拓海はメモをジャケットのポケットに押し込み、今度こそ動き出す。そして背後を振り返った時、心臓が跳ね上がった。


 そこには大振りな鉈を手にした葉月が立っていたのだ。

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