第26話

 翌朝拓海が目を覚ますと、陽はすでに高く昇っていた。

 寝ぼけ眼で室内を見渡すと、隣で寝ているはずの翔子の姿はない。いや、昨夜翔子と激しく求めあった後、拓海は気を失うように眠りについたために、翔子が隣で寝たのかは定かではなかった。

 室内にはまだ香炉から出ていた甘い匂いと、汗と体液の臭いが充満しており、全裸で布団に寝転がっていた拓海はぼんやりとした頭で服を着て、窓を開けて外気を思いっきり吸い込んだ。

 日光を浴び、深呼吸をした拓海の意識が徐々にはっきりとしてくる。そして昨夜の自分の行動を振り返った。


 昨日の自分はいったいどうしてあんな風になってしまったのか。

 それは少し考えればわかった。

 あの香炉から出ていた匂いのせいだ。

 あの匂いを嗅いでから、拓海の性欲が急激に高まり、翔子を獣のように抱いたのだ。


 思い返してみれば翔子の様子も異常であった。

 翔子は部屋を訪ねてきた時からまるで夢遊病者のようにふらふらとしており、目の焦点も合っていなかった。そして拓海へのキスも、一緒に温泉に入った時の恥じらいの混じったキスとは違い、獣の接吻のように激しかった。そして、セックスの経験は無いと言っていたのにあの乱れようはやはり異常だと拓海は思った。

 セックスでの快楽には個人差があるが、あの乱れ方は尋常では無いだろう。何度目の時かは定かではないが、拓海が腰を打ち付ける度に、翔子はシーツを握りしめて悲鳴のような嬌声をあげていたのを拓海は覚えている。

 それもきっとあの香炉から出ていた匂いのせいであろう。


 あの匂いの正体が何だったのかは拓海にはわからない。一種の媚薬、もしくはセックスドラッグや脱法ハーブのような、強力な効果のあるものだったのかもしれない。

 拓海は確かに翔子とセックスをする気でいたし、精力のつく食事をしたせいか漲っていた事は確かだ。しかし、だからといって意識を失うまで翔子と絡み合うだなんて事は普通ではありえない。おまけにコンドームもつけずに翔子の中に出してしまった。普段の拓海であればどんなに気持ちが昂ぶっていたとしても、理性が邪魔をしてそんなリスクのある事はしない。


 更に疑問なのは、翔子がなぜそんな強力な匂いを放つ香炉を部屋に持ち込んだのかである。あの香炉の中身が煙を焚くタイプのドラッグだったとして、翔子がそれを持っている事もおかしいし、これから初体験をするというのに、それを焚きながら相手の部屋に現れるという事もおかしい。

 誰かにあの香炉を持たされたのであろうか。

 だとすればいったい誰が、何のために……。

 拓海がその事ついて思考するには、まだ頭が完全には目覚めていなかった。


 拓海は部屋を出て、二階のトイレの洗面所で顔を洗い、茂木の様子を見に行く事にした。

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