第4話

 女性の車から拓海の車へポンプでガソリンを移し、道案内のために女性を助手席に乗せた車は走り出す。

「こんな山の中に一人で住んでるんですか?」

 後部座席に移った茂木が女性に尋ねた。

「いいえ、娘と暮らしているのよ」

「へぇ、でもこんな山奥だと不便じゃないですか?」

「不便と言えば不便だけど、生まれ育った村だから気にならないわ」

 女性は「村」という言葉を口にした。拓海はてっきり山奥に一軒家かお屋敷がポツリと建っているのをイメージしていたが、どうやら集落があるらしい。


「あなた達は市内から来たの?」

「市内ってどこの市内ですか?」

「鹿児島市内の事よ。わからないって事は県外から来たのね」

 女性の話だと、鹿児島県内に住む人は県庁所在地である鹿児島市の事を市内と言うらしい。

「俺達福岡から旅行で来たんすよ。温泉巡りで」

「あら、若いのに温泉巡りなんて珍しいわね。でも福岡なんて都会から来た人からしたら、うちの村は田舎過ぎてびっくりするわよ」

「俺は長崎の田舎出身なんですけど、村って呼ばれてる所に行くの初めてっすよ」

 それは拓海も同じであった。最近ではどこも市町村合併が進んでいて「村」と呼ばれる場所は極端に少なくなっている。


 十分程道沿いに走ると、女性が言った。

「ちょっと止まって」

 拓海はブレーキを踏んで車を止める。

「あそこに細い横道があるの見える?」

 拓海は全く気付いていなかったが、女性が指差す所をよく見ると、そこだけガードレールが途切れ、伸び放題の草に隠れるように横道への入り口があった。

「あそこを下って行くと村があるの」

 このような状況で無ければ女性の言葉を冗談だと思っただろう。こんな山中の、こんな所にある道を下った所に人が住んでいる場所があるなんて。

「大丈夫ですかね?」

 拓海は何気なく呟いてしまった。

「大丈夫って何が?」

 女性の問いに、拓海は言葉を詰まらせる。

「いや、車が通れるかなぁって」

「私の車でも通れるから、この車なら全然大丈夫よ。傷が付いたら修理代出すわよ」

 女性は冗談めかして言った。


「怖いなら運転代わるか?」

 茂木にそう言われ拓海は首を横に振ると、ゆっくりとブレーキから足を離した。茂木の運転は荒くて怖いのだ。

 草をかき分けるように車は横道に入る。

 そこは舗装はされていないものの、土で固められた案外しっかりとした道で、雨の後にも関わらずタイヤがあまり滑りはしなかった。

「うへぇ、お化け出そうっすね」

「そうそう、夜は地元の人でもこの道怖いのよ。お化けは出ないけど、シカとか狸が出るから」

 茂木と女性は軽口を叩いているが、拓海はこれまでにない程慎重に車を進める。


 五分程進むと車は急に開けた場所に出た。

 そこには田んぼが広がっており、その先には明かりが灯っている民家が何軒も建っているのが見える。

「ここが村ですか?」

「そうよ。うちはもう少し行った所にあるの」

 拓海が田んぼに挟まれた道を進むと、田んぼが途切れた所に看板が立っているのが見えた。

 看板にはこう書いてあった。


『灯籠村』

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