第14話

 二人が今か今かと葉月達を待っていると、ふと拓海の目に映ったものがあった。

「なんだあれ?」

 拓海達の浸かっている温泉から数メートル離れた所にある岩の下に、日光を反射して光っている何かがある。

 よく見るとそれは白いスマートフォンのようで、日光を反射しているのはその液晶画面だ。


「なんでこんな所に……」

 拓海は湯から立ち上がり、そのスマートフォンを取りに行こうとする。


 その時である。


「お待たせ」

 湯煙の向こうに、岩陰から出てきた葉月と翔子が現れた。中腰になっていた拓海はその場で硬直し、二人の姿に釘付けになる。

 葉月と翔子は体にバスタオルを巻いており、葉月は長い髪をアップに纏めていた。

 拓海は茂木との賭けには負けたが、そんな事はもうどうでもよかった。あの頼りない純白の布の向こうには、葉月と翔子の美しい裸体があるのかと思うと、賭けの結果の事など路傍の石程にも興味がない事だ。

 あまりに浮世離れした状況に、拓海も茂木も言葉が出てこなかった。


「あら、もう上がるんですか?」

 湯船から上がろうとしていた拓海に気付いた葉月が言った。

「あ……いや、そこに何か落ちていたから」

 拓海がドギマギしながら言葉を返すと、葉月は拓海の向かおうとしていた岩の方を見る。そしてスマートフォンを見つけると、歩いてゆきそれを拾い上げた。葉月が屈んだ時、その美しい腰のラインが露わになり、拓海は思わず目をそらす。


「あら、観光客の忘れ物かしら。後で民宿に持って行かなきゃ」

 葉月は着替えをしていた岩陰に引っ込み、再び出てくる。その手にスマートフォンは無かった。おそらく自分の鞄にでも入れたのであろう。

 拓海はあのスマートフォンが何だったのか気になってはいたが、目の前の情景と比べたら些細な事だ。


「お邪魔します」

 葉月と翔子がゆっくりと湯船へと入る。

 拓海と茂木は湯の温度が先程よりも上がったように感じた。

 拓海が茂木の方を見ると、口角がプルプルと震えている。おそらく笑みを堪えているのであろう。拓海も気を抜けば今にもだらしない笑みを浮かべてしまいそうになる。

 拓海が翔子に視線を移すと、翔子は恥じらいの表情を浮かべており、拓海と視線を合わせた。拓海は気恥ずかしくなり視線を落とす。


 ちゃぽっ


 水音がして、湯船の反対側にいた葉月が茂木の方へと移動し始めた。そして翔子も葉月に続いて湯の中を歩んでくる。

 葉月は茂木の隣に座り、翔子は拓海の隣に座る。そして、拓海にそっと肩を寄せた。

 翔子の白い肩と胸元が拓海の視線を引きつける。


 おかしい、なぜだ、どうして。


 夢のような状況に、高鳴る心音と同じように拓海の脳内では警鐘が鳴り始めた。

 この状況は明らかに普通ではない。

 急に大きな幸福が訪れると、人間の脳にはストッパーがかかる。ある朝目が覚めて、目の前に札束が転がっていたら誰もがおかしいと思うであろう。今拓海の目の前にあるこの幸福は不自然すぎる。

 いや、もっと前から————昨夜の良子との出会いから何かがおかしいのだ。

 しかし、溢れ出るアドレナリンが脳内のセキュリティをトロトロと溶かしてゆく。

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