第15話

 拓海の口からは言葉が出てこなかった。

 何を言えば良いのか、なんと言えば良いのかわからなかったのだ。


 彼女達は拓海と茂木をからかっているのだろうか。それとも何か他に意図があるのだろうか。

 隣にいる翔子は何も言わない。ただ黙って俯き、頬を赤らめて拓海の側に寄り添っている。

 茂木も混乱しているのであろうか。あのお喋りな茂木の声が、隣から聞こえてこない。拓海は翔子から視線を引き剥がし、茂木の方を見る。

 そこには信じられない光景があった。


 茂木と葉月が互いの唇を吸いあっていたのだ。


 ちゅぷ……ちゃぷ……


 拓海の耳の中を二人が唇を吸い合う音が針のように突き抜けて、脳を刺激する。


 拓海の混乱が加速する。


 すると、拓海の腕に触れている翔子の肌が滑った。

 そしてタオル越しの柔らかな感触が拓海の二の腕に押し当てられる。

 拓海が驚き、翔子の方へ視線を戻すと、翔子の整った顔が目の前にあった。その顔は、何かを堪えているかのような表情を浮かべ、口からは熱い吐息が漏れ、頬は赤く染まっている。拓海はその顔を見て、まるで発情しているかのようだと感じた。

 それは桜子が拓海に見せた事のなかった表情であり、翔子が雌として拓海を求めているのだという事が本能で感じ取れた。


 そんな翔子を見て、拓海の雄としての本能が急激に湧き上がってくる。そは翔子を性的な意味で喰らえと拓海に命じた。

 しかし、拓海がそれに従う前に、翔子の方から拓海の唇に吸い付いてきた。

 急に他人の顔が迫ってきた事による拒絶感が一瞬だけ拓海を襲うが、それは直後にやってきた翔子の唇の柔らかな感触により掻き消される。

 翔子の接吻は突然ではあったが、それは躊躇う拓海の心中を察してか、唇だけを使った優しく丁寧なもので、まるで拓海の心を開こうとするかのような接吻であった。


 甘美な感覚が膨れあがると共に、拓海の混乱はより強くなり、頂点へと達する。

 拓海は今すぐ翔子を突き飛ばし、怒鳴り声を上げたい衝動に駆られた。

 別に翔子との接吻が不快なわけでは無い、この纏わり付くよう奇妙な幸福感を払拭したいだけなのだ。

 でも、もしこの幸福が偶然の積み重ねによる本物の幸福であるとしたら……。一生に一度の幸運だとしたら。そう思うと、拓海は動けなかった。


 たまたま良子と出会い、たまたまこの村の人々が親切で、たまたま彼女達が大胆なだけ。そうであればどれだけ良いであろう。

 あぁ、自分が茂木のような性格であれば、この幸福を存分に味わう事ができるだろうにと、拓海はそう思った。


 拓海の反応の弱さを感じてか、翔子の接吻が止まった。

 翔子は唇を離し、拓海を上目使いで見る。その目はまるで拓海に接吻をねだっているような、拓海を試しているかのような視線であった。


 離れろ

 喰らえ


 拓海の中で理性と本能がせめぎ合う。

 翔子はただ何も言わず拓海を見つめている。

 

 そして、拓海の脳は思考を止めた————


 拓海は本能に従い、自ら翔子の唇にむしゃぶりつく。


「ん!……ふ……」

 急に激しく唇を合わせてきた拓海に翔子は一瞬躊躇ったようだが、すぐにそれを受け入れる。

 接吻は次第に激しくなり、二人は舌を絡め始めた。

 二人の舌は口内で絡まり、まるで蛇のようにうねり合う。その度に拓海の視床下部からドーパミンがドクドクと溢れ出す。

 拓海の腕は翔子の腰に回り、指を這わせた。柔らかな翔子の体に触れていると、時折翔子がピクリと動くのが快感で、拓海はまるでストラディバリウスを演奏する事を許されたバイオリニストのような気分で翔子の体の感触を楽しむ。

 やがて翔子の体からバスタオルがずり落ち、拓海の体に翔子の乳房が直接押し当てられた。氷を押し当てられたかのような強い刺激が拓海の欲求を更に刺激する。

 拓海の股間は、いつのまにかこれまでに無い程に固くなっており、脳内の警鐘は既に機能を果たさなくなってしまっていた。


 二人はどちらともなく唇を離した。

 ろくに息継ぎもせずに唇を求めあっていたせいか、二人の呼吸は荒い。

 呼吸を整えた拓海は、もう一度翔子の唇に貪りつこうとする。

 すると、翔子がポツリと言った。


「待って……。ねぇ、今夜部屋に行ってもいい?」


 拓海は深く考えずに、いや、考えられずに、ただ頷いた。

 そしてもう一度、翔子の唇に吸い付いたのであった。

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