第13話
更に歩くと、どこからともなく鼻をつく臭いが漂ってきた。それは昨日拓海と茂木が露天の混浴温泉で嗅いだのと同じ硫黄の臭いである。
「もうすぐ着きますから」
葉月の言う通り、臭いが漂い始めてから五分もせぬうちに四人の前に岩場に囲まれた露天風呂が姿を現した。
「秘湯の割には案外早く着いたな」
茂木が言うと、葉月が「この村が秘境みたいなものですからね」と言って笑った。
湯気が立ち上る露天風呂を前に、拓海と茂木はふと思った。
「……二人も一緒に入る?」
茂木は冗談めかした口調でそう言うと、葉月と翔子を振り返る。
二人は拓海と茂木をここまで案内してくれたが、「それではごゆっくり」と言ってそのまま帰るのであろうか。まさかの予想が拓海の頭をよぎり、思わず唾を飲んだ。
「私達も御一緒していいですか?」
拓海の予想は的中した。
微笑みながらそう言った葉月の手ににぎられているバッグからは、僅かにバスタオルが覗いていた。翔子もその肩から少し大きめのカバンを下げている。その中身は言わずもがなであろう。
突然舞い降りた幸運に、拓海と茂木は動揺しながらも心の中で大きくガッツポーズをした。
こうして二人は、期せずして当初の目的である混浴温泉に入る目的を達成する事となったのだ。
拓海と茂木は葉月達と離れ、大きな岩陰で服を脱ぐ事にする。さすがの茂木も、「どうせ一緒に温泉入るんだから、一緒に着替えようよ」とは言わなかった。
二人は裸にタオルを巻いて入浴するか、用意していた海パンを履いて入浴するかを相談したが、結局海パンを履いて入浴する事に決めた。
岩陰を出ると、葉月と翔子はまだ服を脱いでいるようで、辺りに姿は見えない。二人は先に温泉に浸かり待つ事にする。
拓海がやや白濁した湯に足を浸すと少しぬるいように感じたが、長風呂をするにはちょうど良さそうな温度であった。しかし、二人の興味は温泉の温度や効能には無い。間も無く湯けむりの向こうに現れる二人の美女以外の事は、例え今浸かっている温泉が氷水であろうと些細な問題である。
「なぁ、どっちだと思う?」
湯に浸かりながら茂木が拓海の肩を肘でつつく。
「何がだよ?」
拓海は少し上ずった声で返した。
「水着で出てくるか、タオルで出てくるか、賭けるか?」
なるほどそういう事か、と拓海は理解する。
拓海は正直、二人の美女と混浴できるなら水着だろうがタオルだろうが構わなかった。
「そりゃあ……普通水着だろ」
「よーし、じゃあ、俺はタオルだ。帰りのガソリン代な」
「いいぞ」
鹿児島から福岡までのガソリン代は拓海の車の燃費で考えて大体三千円。奨学金とバイト代でなんとか生活している貧乏大学生の二人にとっては安くない金額だ。
拓海は普段パチンコや麻雀などのギャンブルはしない。しかし、この賭けには自信があった。普通であれば恋人でもない男と混浴をするのに、裸に布一枚の姿で現れる筈が無い。
二人は息を呑み、葉月と翔子が岩陰から現れるのを待った。
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