第12話

 拓海が翔子と話しながら歩いていると、前を歩く葉月と茂木が立ち止まった。

「ここから少し登ります」

 葉月が指した先には狭い石段があり、その先には山道が続いている。どうやら葉月の言う秘湯とは、「歩きで行ける」というよりは「歩きでないと行けない」場所にあるらしい。


 葉月と茂木は先程と同じように並んで歩き出し、拓海と翔子もその後に続く。前を歩く二人の会話は弾んでいるらしく、時折楽しげな笑い声が聞こえてくる。


「葉月ちゃんが気になる?」

 そう聞いた翔子は少しむくれているようにも見えた。

「いや、別にそういうわけじゃ……」

 取り繕うとする拓海の言葉を、翔子が遮る。

「葉月ちゃん綺麗だもんね」

 その言葉には、僅かな嫉妬と憧れ、そして恐れのような感情が込められているようにも聞こえた。


「そういえば、どうしてこの村は灯籠村って名前なの?」

「え?」

 別に村の名前に興味があるわけではなかったが、少し気まずくなった空気を変えるために拓海は話題を変える。

「ほら、この村、灯籠村って名前だけど、別に灯籠とか飾られてないからさ」

 昨日村に着いてから今まで、拓海はまだ一度も灯籠を見ていない。何気なく振った話題ではあったが、口にしてみるとなんだか気になってきた。


「あー、何でだろうね。私はあんまり村の事に興味無いから知らない」

「灯籠に関する祭りがあるとか?」

「ううん、そんなの無いよ。村祭りならあるけど、灯籠とか関係ないし」

 翔子は首を横に振る。

「葉月ちゃんに聞いたらわかるかも」

 前方を歩く葉月は相変わらず茂木と楽しげに話しをしている。民宿から歩き始めてまだ十五分程だが、歩き始めた頃よりも、どことなく二人の距離が縮まっているように見えた。


 拓海は葉月に村の名前の由来を聞こうかと思ったが、茂木の邪魔をしてしまうような気がして二の足を踏んでいると、それを察したのか翔子が葉月に声をかける。

「葉月ちゃーん、水上さんが村の名前の由来を知りたいって」

 翔子がそう言うと、葉月はどこか嬉しそうな表情をしながら振り返る。

「あ! この村に興味を持ってくれたんですか?」

 二人の時間を邪魔された茂木は少し不機嫌そうであったが、葉月は歩きながら上機嫌で語り出した。


「簡単に説明すると、この村は昔から灯籠を神様として崇めているんですよ」

「……灯籠を?」

「そうなんです」

「でも、村のどこにも灯籠が飾って無いよね?」

 葉月はうっすらと笑みを浮かべた。


「灯籠はですね。私達村人自身なんです。灯籠のともしびは私達の心。そして私達の肉体自体が灯籠となり、周囲を照らすという、言い伝えというか……教えがあるんですよ」

「灯籠が神様で、村民自身が灯籠……。じゃあ、この村の人達はみんな神様って事?」

 民俗学に明るいわけではないが、いまいち納得のできない返答に拓海は首を傾げる。


「うーん、そういうわけでは無いんですけど、皆神様を見習って周りを照らそうっていう事ですね」

「神様を見習ってかぁ……」

 拓海はその返答になんとなく納得する。

 拓海は神や仏に詳しいわけではなかったが、葉月が語った事は、世界中によくある教えのように思えた。

 心がともしびという説明は少々宗教臭いが、要は村人達がお互いを照らし合い、悪いものを払おうといった感じの事であろう。小学校の道徳の時間に習いそうな教えである。

 別段面白い話でもなかったが、葉月が得意げに話すので、拓海は少しオーバーに感心してみせた。

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