第10話
その後拓海が部屋に戻り帰り支度を整えていると、部屋に思わぬ来訪者が現れた。
「おはようございます」
部屋のドアを開けたのは昨夜三浦家で別れた葉月であった。
葉月は昨日と違い薄化粧をしており、その美貌が更に増しているように見えた。
「葉月さん、どうしてここへ?」
拓海が驚いていると、葉月は微笑みながら答える。
「水上さんと茂木さんて、温泉旅行に来たんですよね? お二人さえよかったら、この近くの温泉を案内しようかと思って」
それは拓海にとって願ってもいない申し出であった。
「いいんですか?」
「えぇ、昨日のお礼も兼ねて是非」
思わぬ再会に浮き足立った拓海は、備え付けのスリッパをつっかけて茂木の部屋のドアを叩く。
食後の一服をしていた茂木に葉月の申し出を伝えると、茂木は小さくガッツポーズをして二つ返事で了承した。
「近い所なら歩きで行けますから。荷物はそのままでも良いそうなので、準備して下に降りてきてください」
葉月はそう言い残して階段を降りて行き、拓海と茂木はそそくさと準備を整え、一階のロビーへと向かう。
ロビーまで来た二人を待っていたのは、葉月だけでは無かった。
「こんにちはー」
葉月の隣で二人に挨拶をしたのは、まだ少女とも言える年頃の、葉月にも負けず劣らずの美人であった。
彼女は長い黒髪の葉月とは対照的に、やや明るい色の髪をショートカットにしており、どこか垢抜けた印象を受ける。
「この子、私の従姉妹なんです。お二人の話をしたらこの子も付いてきたいって言って。お邪魔じゃなければいいですか?」
葉月がそう言うと、葉月の従姉妹だという少女は小さく頭を下げる。
「お邪魔だなんてとんでも無い! なぁ、拓海?」
茂木は二人目の美女の登場に鼻の下を伸ばしている。もちろん拓海にとってもそれは嬉しい事であった。そして、温泉には四人で向かう事になったのだ。
「じゃあ、楽しんできてください」
女将に見送られ、拓海達四人は民宿を出た。
拓海達は葉月に連れられて、民宿の入り口から坂を下り、村の入り口とは反対方向へと向かう。
道中、茂木はずっと葉月の隣をキープし、世間話を交わしていた。茂木がお得意の冗談を言うと、葉月は上品に口に手を当てて笑う。
実は先程、葉月が下階に降りたあと、拓海と茂木の間でこんな会話があった。
「なぁ、俺、葉月ちゃん狙っていいか?」
拓海は一瞬茂木が何を言っているのかわからなかったが、わずかに上気した顔からその言葉の意味を理解する。茂木は葉月を口説くつもりなのだ。
「ん、あぁ、ご自由に」
拓海は素っ気なくそう返した。
拓海は正直葉月の事が気になってはいたが、元々そんなに女性に対してガツガツしている方では無い。昨日今日会ったばかりの葉月とどうこうなろうという気持ちは拓海にはまだ無かった。いや、その度胸がなかっただけかもしれない。
以前茂木と二人で博多に飲みに行った帰り道、茂木が道行く二人組の女性をナンパして、そのまま四人でカラオケに事がある。その時のナンパ相手とは何も進展しなかったが、拓海は茂木の行動力とコミュニケーション能力にただただ感心した。見ず知らずの女性をナンパするなんて、拓海にはとても真似できそうには無い。
「お前葉月ちゃん結構好みだろ? いいのか?」
そう聞いた茂木の顔は少し真剣であった。
茂木は拓海と桜子と別れた時、自分も彼女である茜と別れたばかりにも関わらず、拓海の事をかなり心配してくれていた。
茂木が今回の旅を企画したのも、拓海に早く桜子の事を吹っ切れて欲しい気持ちもあったのであろう。もし拓海が葉月を口説くと言えば、茂木は「仕方ねぇなぁ、貸し一つな」と言ってサポートに回ってくれたはずだ。しかし、その度胸の無い拓海はもう一度「ご自由に」と言った。
茂木をサポートするつもりは無かったが、勿論邪魔をするつもりも無い。だから拓海は葉月達とは少し離れて歩く。
自分もあれだけ明るく積極的であれば、桜子とももっと上手く付き合えたのであろうか。
楽しげに話す二人を見ながら、拓海はまた桜子の事を思い出してしまっていた。
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