第9話
翌朝拓海が目を覚ますと、日は既に高く上っていた。
スマートホンの時計をチェックすると、時刻は九時を僅かに過ぎた頃であった。
拓海は着替えを済ませ、昨夜女将にちゃんとしたお礼を言いそびれた事を思い出し、一階に降りる。すると一階の食堂には二人前の立派な朝食が用意されており、厨房の方からは水音が響いていた。
「すみません」
拓海は一声かけて、音のする厨房を覗き込む。
すると厨房では女将が洗い物をしていた。
「あら、お目覚めですか。昨日はよく眠れました?」
拓海に気付いた女将は洗い場から振り返り、笑みを向ける。昨夜は気付かなかったが、女将は若い頃はさぞかし美人であったであろう整った顔立ちをしていた。
そう言えば良子も葉月程の娘がいる割には若々しく、美人であった気がする。この村には美人が多いのであろうか。
「はい、おかげさまで。昨夜は夜遅くに申し訳ありませんでした」
拓海がそう言って軽く頭を下げると、女将は大げさに笑った。
「いいのよー、良子ちゃんが困ってる所を助けて貰ったんだから。この村はみんな親戚みたいなものだから、身内が親切にして貰ったらみんなで返すのよ」
女将の笑顔を見て、拓海は昨日茂木が言っていた事を思い出す。そしてその親切に裏があるのではないかと疑った事を少し後悔した。
女将が拓海に朝食を勧めてきたので、拓海は食事の前に茂木を呼びに行く。部屋に行くとやはり茂木はまだ布団に潜って眠っており、拓海はその尻を軽く蹴って起こした。
「いやー、朝飯まですいません」
目を覚まし洗面所で顔を洗った茂木は、食堂のテーブルに並べられた豪勢な朝食に目を輝かせる。そして「いただきます」と言うと、焼き魚をつつき始めた。
食事を終えた二人は、食後に出されたお茶を飲みながら女将と話をした。
「おばちゃんは一人でこの民宿やってるの?」
茂木の質問に、女将は微笑みながら答える。
「えぇ、旦那が亡くなったから、今は一人でやってるのよ」
「そうなんだ。この民宿、お客さんてどうなの? この村結構奥まった所にあるけど」
聞き辛い質問をズバズバできる所が茂木の良さであり、悪さでもある。
「そうねぇ……時期にもよるけど、この辺りは秘湯が多いから、来る時は結構来るわよ」
やはり茂木が昨夜言っていた通り、隠れ家的宿なのであろうか。昨夜から今朝までの丁寧なもてなしを思い返すと、多少不便な場所にあってもこの民宿のリピーターになる人も多いのかもしれないと思える。
「でも、あなた達みたいな若いお客さんはあまり来ないから嬉しいわ」と、女性は付け加えた。
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