第115話
寺から翔子の家へと向かう道はほぼ一本道で、もし正面から村人達がやってきたらどうするべきかと思っていたが、火災の鎮火に多くの人数を割いているのか、今のところ背後から追って来る女達の他には村人達の姿は見えない。
「見えた! 私ん家」
息を切らしながら翔子が指差した先には、一昨日の昼に拓海と茂木が鰻を食べた食堂があった。そして店の脇には軽自動車が止まっている。
拓海の前を走る翔子が、ポケットからキーを取り出した。そしてそれを車に向かってかざすと、付いている解錠ボタンをカチカチとプッシュする。
「翔子ちゃん! もっと近づかないと無理だよ!」
「わかってるけど! これじゃ乗り込む前に追いつかれちゃうよ!」
足元に気を配りながら走っていたせいか、追い足が決して早くはない女達との距離は二十メートルも離れていない。ドアを開け、四人が車に乗り込み、エンジンをかけて出発する時間があるかどうかは微妙な所だ。
その時拓海の目に、前方に置かれているトラバサミが目に入った。キーに気を取られていた翔子はそれに気付いておらず、トラバサミに向かって足を踏み込もうとする。拓海は咄嗟に翔子の肩を掴んで後ろに引いた。強い力で後ろに引っ張られた翔子はバランスを崩し転倒する。しかしそのおかげでなんとかトラバサミは回避する事ができた。
「……あ」
転倒したことで、翔子はようやく目の前のトラバサミの存在に気付いたようだ。
「早く立って!」
拓海が翔子の手を引いて起き上がらせるが、背後から迫る女達との距離はグッと縮まってしまった。これでは車に乗り込み無事に発進するのはかなり危うい。
あともう少しなのに。
拓海が唇を噛みしめると、どこからか車のエンジン音が聞こえた。そしてそのエンジン音の正体はすぐにわかった。翔子の家の裏手から、民宿のライトバンが飛び出して来たのだ。
ライトバンが拓海達の目の前に止まると、運転席の窓が開き、「早く乗って!」と声がした。運転席にいたのは、なんと茂木と翔子が拘束して物置に放り込んだはずの翔子の母親であった。
四人は一瞬躊躇したが、翔子がドアを開けて乗り込むと、拓海達もそれに習って飛び乗った。茂木がドアを閉めた瞬間、追い付いた女の一人がライトバンのドアに鎌を突き立てる。しかし、それを引き抜く暇も与えずに、ライトバンは急発進した。鎌を突き立てた女は一瞬引き摺られたが、すぐに鎌の肢から手を放し、地面を転がる。
拓海が後部座席の窓から背後を見ると、女達は諦めたようにただ立ち尽くしており、ライトバンを走って追っては来なかった。
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