第114話

 拓海が振り返ると、背後には達山と茂木の姿がある。そしてよく見ると、最後尾にいる茂木の肩からは何か奇妙な物が生えていた。茂木が小さく悲鳴をあげて肩に手をやると、肩から生えていた何かは重力に任せて抜け落ちる。


 ガラン


 石畳に落ちたそれは、草刈り用と思われる鎌であった。突然の事に一同が硬直していると、闇夜の奥にうっすらと人影が見えた。それは真っ白な肌襦袢を着た一人の女の姿である。拓海が目を凝らすと、女はスッと腕を振り上げた。

「伏せろ!」

 拓海の声に皆咄嗟に身を屈める。その頭上を、ヒュンヒュンと風切り音を響かせて草刈り鎌が飛んで行った。先程茂木の肩に刺さった鎌は、あの女が投げた物だったのだ。

「い、痛ぇ……マジふざけんなよ」

 茂木が傷口に手を当てると、ぬるりとした血の感触がある。

「もう見つかるなんて……茂木さん走れる!?」

 翔子の言葉に茂木は頷く。鎌を投げた女との距離があったせいか、そこまで傷は深く無いようだ。翔子は来いとハンドサインを送って走り出した。走りながら拓海が振り返ると、本堂から数人の女達が出てきて拓海達を追いかけてくる。彼女達の手にはそれぞれ鎌や鉈などの刃物が握られていた。


 うっすらと月明かりに照らされた闇夜の中を、拓海はただ翔子の背中を頼りに走る。茂木の顔を見ると、先程の傷が痛むのか顔をしかめており、走る姿勢も傾いている。


 茂木は走りながら、なぜこんなに早く見つかってしまったのかを考えていた。そもそもこの救出計画自体が無茶なものであるため、偶発性も考慮に入れたらいくらでも見つかる可能性はあった。しかし待ち構えていたかのように本堂から出てきた女達は何であろうか。たまたま本堂にいただけならまだしも、彼女達の手には武器が握られていた。まるで茂木達が拓海を助け出しに来る事を知っていたかのように。もし彼女達が茂木と翔子の計画を知っていたのであれば、このまま翔子の家へと向かって本当に良いのかと、僅かに不安がよぎる。


「待って!」

 突然、先頭を行く翔子が足を止め、一同は立ち止まる。翔子の視線の先には、恐らく猪用と思われるトラバサミが置かれていた。それは黒々として刺々しく、道の中心で異彩を放っている。人間が足を挟まれればどれほどの傷を負うか想像もつかない。

「何でこんなところに……」

 拓海達が走って来たのはただの農道で、本来ならばそんなところにトラバサミを仕掛けたりするはずがない。それは明らかに悪意を持って仕掛けられたものであった。闇夜の中では黒いトラバサミには気付きにくい。もし翔子が気付くのが遅れていれば、誰かがかかっていた可能性は高い。


 ここから先の道を行くのは躊躇われるが、背後には女達が追って来ている。四人は足元を警戒しながら再び走り出す。


 翔子の家までは後数分はかかる。無事に家まで辿り着き、全員で車に乗り込み、無事に発進させられるかは正直賭けであった。


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