第72話

 手帳の表紙に刻まれた年代は201X年。比較的新しい。一ページ目には名前を記入する欄があり、そこには少し崩した文字で西之原 良樹と名前が書かれていた。


 達山は手帳をパラパラとめくる。手帳のスケジュールの欄には「取材」や「打ち合わせ」などの文字が頻繁に書かれている事から、この手帳の持ち主は出版、または報道関係の人間であると思われる。


 そして達山は、手帳の後ろ側にあるメモ欄で手を止める。そこにはこう書かれていた。


「私がこの村について調査した事をここに記す」


 と。


 西之原がどのような目的でこの村を訪れ、この手記を残したのかは知らないが、今の達山にとって、謎に包まれているこの村の情報は非常にありがたい。

 アヤと美咲を連れ出すヒントが書かれているかもしれないと、手帳を更に読み進めようとする。


 その時である。


 達山は人の気配を感じ、蔵の入り口の方へ目を向ける。すると参道の方から、足音と共に複数の若い女の話し声が聞こえてきた。


 達山が咄嗟に蔵の扉を閉めると、蔵の中は闇に包まれる。話し声はこちらへと近付いてくる。達山は女達が蔵へと来ない事を祈りながら、扉の裏で耳をすませた。


 女達は、我が子がどうだの、男がどうだのという話をしながら、蔵の横を通り過ぎてゆく。どうやら本堂へと入って行くようだ。


 足音が完全に通り過ぎてから数分が過ぎ、達山はようやく胸を撫で下ろす。そして僅かに蔵の扉を開け、辺りの様子を伺った。


 辺りには誰もいない。

 達山は手帳をウエストポーチにしまい、蔵を出る。

 夜まで動かないべきかと考えたが、光の入らない蔵の中で、人の気配に怯えながら夜まで過ごす事を考えると気が狂いそうであった。


 参道へと出た達山は、ふと寺の本堂へと目をやる。

 あの中では何が行われているのであろうか。


 すぐにこの場を離れるべきだと達山の脳は警鐘を鳴らす。しかし、達山の足は自然と本堂の方へと向かっていた。


 周囲を警戒しつつ、達山は本堂の引き戸に耳を当てた。中からは何も聞こえてはこない。戸を僅かに開き中を伺うも、中には誰もいない。ただ朽ちた仏像と、あちこち割れた板の間があるだけだ。先程の女達は本堂の奥にある建物に進んだようだ。通常の寺であれば、そちらの方には住職や坊主達の居住スペースがある。


 音を立てぬように引き戸を開けて本堂の中に入ると、達山は歩みを進める。もし今誰かがここにくれば、隠れる場所もなく、一巻の終わりである。それでも達山の好奇心は、達山を前へと進ませた。

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