第122話

「たす……け……うおぇ」

 言葉を紡ぐ翔子の口から、白い紐状の物が溢れ出し、地に落ちる。地に落ちたそれはうねりながら地を這い、拓海達へと向かってくる。


 達山はそれを見て、その白い虫のような生き物が村人達に寄生したハリガネムシだと思った。翔子の体に寄生していたハリガネムシが、過度な精神的ストレスを感じた宿主の生命の危機を察知し、その体を食い破り表に出てきたのだと。


 しかしその時、達山はハリガネムシに関するある事を思い出す。ハリガネムシに寄生された生物は本来のだ。生物が進化の過程で生態を変えるという事はよくある。しかし、生殖能力を失わせる生き物が、突然生殖能力を活発にするという事はあり得ない。つまり遥か昔、この村ができるきっかけとなったキヌという女に寄生したのは、ハリガネムシによく似てはいるがハリガネムシではなかったのだ。


「じゃあ、アレは一体なんなんだ……」

 達山の問いに答える者も、答えられるものもいなかった。確かなのは、目の前で未知の生物が少女の体を突き破り、拓海達へと向かってきている事実だけだ。


 そして、拓海の眼前にいる翔子があらゆる意味でもう助からないのは明らかである。例えその生命が続いたとしても、もう拓海と性を交えた翔子という少女がまともな人間に戻る事は無いであろう。


「拓海!」

 茂木が拓海の腕を引く。茂木も翔子を助けてやりたい気持ちはあったが、その可能性は絶望的であり、今の状況は村から逃げ出す最期のチャンスである。しかし、そんな茂木と拓海の背後に立つ者がいた。葉月だ。


「何アレ、気持ち悪い」

 葉月はそう呟くと、声に振り向いた拓海を翔子に向かって蹴り飛ばした。社の中へと蹴り飛ばされた拓海は、翔子に抱きつくような形になり、そのまま勢いあまって翔子を押し倒す。


 拓海の眼前には、虫にまみれた翔子の顔があった。翔子の体から生える虫が、新たな宿主を見つけたと歓喜するように、拓海の体へと纏わりつく。虫達は拓海の体を這い上がり、口や鼻腔から体内に侵入しようとしてくる。拓海はそれを必死に振り払うが、虫は翔子の体から次から次へと止めどなく拓海の体へと上がってくる。


 その時、翔子の口が動いた。

「だ……め……」

 目から生える虫達の隙間から、一筋の涙が伝う。

 すると、拓海の体を這い上がろうとしていた虫達がその動きを止めた。そして動きを止めた虫達は拓海の体を離れてボトボトと地に落ちる。


 翔子は上に跨る拓海を腕で払いのけた。その力は凄まじく、体重六十キロを越える拓海を一振りで数メートル転がす。


「大丈夫か!?」

 茂木が拓海に駆け寄り、手を貸して助け起こす。二人が社から出ようとすると、葉月が社の扉に手をかけて閉めるのが見えた。二人が慌てて駆け出すがもう遅い。

「さよなら」

 葉月の言葉を最後に、社の中は暗闇に包まれた。

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