第129話

 拓海と茂木が福岡に帰ってから数ヶ月が過ぎた。

 拓海は車を傷付けた事で母親に大いに怒られ、残った夏休みの間に茂木と二人で必死にバイトをして、車の修理代を稼いだ。


 それから、夏休みが明けてから拓海は桜子とよりを戻した。

 灯籠村での事は忘れたい出来事ばかりであったが、性を交える事だけが人としての愛情の表現や証では無いということをあの村で学んだ拓海は、自ら頭を下げて桜子に復縁を申し込んだ。例えセックスができずとも、やっぱり桜子の事が人として好きであり、互いに心が離れるまで、これからも一緒にいたいと。桜子は涙を流して了承してくれた。拓海達は順調に交際を続け、結局クリスマス前には二人は肉体的にも結ばれた。


 ある時、拓海が茂木に新しい彼女を作らないのかと聞くと、茂木は「しばらく女と関わりたくねぇ」と言った。


 拓海達は二人で何度か話し合った結果、灯籠村の事は警察には話さなかった。警察に話しても信じて貰えるとは思えなかったし、何よりもう二度とあの村とは関わり合いたくなかったのだ。


 二人が通報しなかった事で、達山のような犠牲者がまた出るかもしれない。しかしそれは、人が熊やサメに襲われて死ぬようなものだと拓海は考える。それもまた自然のあり方なのだと。それは灯籠村とはもう関わりたくないという思いから編み出した、ただのそれらしい言い訳に過ぎないかもしれない。しかしそのおかげなのか、村の女達やその関係者が拓海達に接触してくる事は無かった。福岡に戻ってからしばらくは、もしかしたら女達が福岡まで追ってくるのではないかと不安に思っていたが、あれから何事も起こらず、拓海達は無事日常へと戻る事ができたのだ。


 拓海達の臆病さを、翔子や達山は責めるかもしれない。それでも拓海達は再び戻ってきた日常を犠牲にしたくは無かった。人は普段、自らの安全や安心に感謝する事はない。ありがちな言葉ではあるが、一度失ってこそそのありがたさに気がつくのだ。それは安心や安全だけでなく、愛情や命や金であったりする。拓海達は灯籠村でその事を学ぶ事ができた。それはきっと、良くも悪くもこれからの人生で二人の生き方を示す大きな指針となるであろう。

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