第86話
拓海は思わず笑いそうになる。
もし達山の解釈が正しければそんなものはただの駄洒落だ。それに振り回されたあげくに拓海は今素っ裸で残虐な死を待っているのだ。
こんな馬鹿な話があるであろうか。
ただ旅行に来ただけなのに、寄生虫に取り憑かれた女達に繁殖の為に利用されて、食い殺されるだなんて、そんな事があっていい筈がない。そもそも、達山の話だと彼女達が男達をもてなす理由がわからない。ただ繁殖したいだけならば、村を訪れた時に自由を奪い、さっさと強姦して殺せば良いのだ。
だが、自身に死が迫っている。理由はどうであれ、それが事実なのは確かに感じられる。今置かれている状況はドッキリ番組にしてはあまりに過激すぎるし、達山が嘘を付いているようには見えない。達山の話が事実であるのは、頭に巻かれた包帯と、胸に付いた痛々しい歯形が示している。
ここから逃げなければならない。
彼女達に生きたまま食われずに済む方法は、逃げ出すか、はたまた今のうちに舌を噛みきり、自ら人間らしく潔く死ぬかの二択だ。
しかし、拓海には舌を噛み切るような思い切りも覚悟もなかったし、手足を縛られたこの状況で逃げ出せるとも思えなかった。
「これから、俺達どうしましょう……」
その答えを達山が持っているとは思えなかったが、拓海は達山にそう問いかける。達山は拓海から目を逸らし、小さく首を横に振った。やはり達山もここから逃げ出す手段を持っていないのだ。だが、その目には疲労の色こそ浮かんでいたが、完全に諦めたわけではなさそうだ。
「今は逃げ出す手段を考えながら、機を伺うしかない」
達山はそう呟く。やはりまだ諦めてはいないのだ。
だが、達山の言う「機」などというものは本当に訪れるのであろうか。両手足を縛られて身動きができぬ今、例え逃げる隙があろうとも、走って逃げることも、暴力で村人達を制することもできない。拓海に出来る事は、ただ言葉を発する事くらいだ。村人達が拓海の命乞いを聞いて、腕一本で勘弁してくれるであろうか。答えは考えるまでもない。
カタリ
その時、扉に付いている覗き窓が小さく音を立てた。
拓海と達山がそちらを見ると、二つの眼球が覗き窓の隙間から二人を見つめている。
「あら、起きましたね」
覗き窓越しに聞こえたその声は、二人をこの部屋に押し込めた葉月の声であった。
葉月の声を聞き、いよいよ自分に死の時が訪れたのかと、拓海の全身に緊張が走る。そんな拓海を見て、葉月の目はにんまりと笑った。
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