第87話
扉が軋み、ゆっくりと開く。そして肌襦袢を着た葉月の姿が現れた。葉月の肌襦袢には、赤黒い何かが所々付いており、その赤黒い何かは、葉月の口元もべっとりと染めていた。
達山の話を聞いたからであろうか、拓海はそんな葉月の姿が何よりも恐ろしいものに感じ、縛られた手足を動かし、少しでも葉月から遠ざかろうともがく。それを見て、葉月はくすりと笑い、言った。
「どうしたんですか? そんなに怯えて」
そして拓海に向かって踏み出す。
「来ないでくれ」
壁際まで逃れた拓海が言うと、葉月はちらりと達山を見て、拓海に視線を戻した。
「あぁ、全部、聞いちゃったんですね」
まるで彼氏へのサプライズプレゼントに失敗した彼女のように、葉月は少し残念そうな表情を浮かべ、はにかんだような笑みを浮かべる。そして拓海の前に屈み込んだ。そして子供をあやすように、優しげな声を拓海に投げかける。
「大丈夫ですよ。拓海さんの順番はまだですから」
葉月の言う「順番」が、風呂や食事の順番ではない事は確かだ。いや、彼女達にとっては食事であるかもしれないが。
拓海は僅かにホッとしたが、葉月の言葉はいずれ拓海にもその時が訪れる事を示していた。唇を震わせながら、拓海は葉月に言う。
「どうして」
何とか絞り出したその言葉には、色々な意味が込められていた。
どうしてこのような事をするのか。
どうして自分達をもてなしたのか。
どうして今ここに来たのか。
それを聞いた葉月は少し首を傾げ、小さく頷くと、懐から小さな刃物を取り出す。拓海は思わず小さく悲鳴をあげそうになったが、葉月は「大丈夫ですよ」と言うと、拓海の足を縛っている縄を切った。そして立ち上がり、拓海の手を引いて立ち上がらせる。その葉月の行動が、拓海には理解できなかった。
「少し、話をしましょうか」
葉月は拓海の手を引いて、開いたままの扉へと向かう。扉から出る時、拓海が達山の方を見ると、達山は厳しい表情を浮かべて頷く。隙があれば逃げろという事であろう。そして願わくば助けを呼んでくれと。
拓海も達山に、小さく頷き返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます