第85話
「そして気が付いたら、手足を縛られてここにいた」
語り終えた達山は深く息を吐いた。
拓海は聴き終えた達山の話に何と言えば良いのか分からず、ただ呆然としている。
「このまま何もせずにここにいれば、私達は死を待つだけという理由がわかったかな?」
その言葉を聞き、心ここに在らずだった拓海の意識が戻る。
どこからかずっと聞こえてくる女の悲鳴のような声、それはよく聞くと悲鳴ではない。嬌声である。女達が男に跨り、嬌声をあげているのだ。
「じゃあ俺達もいずれ……」
達山は頷く。
「あぁ、彼女達に搾り取られて殺される」
あまりに信じ難い現状に、拓海の頭はクラクラした。
「何で? どうしてですか!? 彼女達は何で俺達をもてなして、何で食おうとしてるんですか!?」
大声をあげた拓海を達山は再び「しーっ」と静める。
「正直、あんなオカルティックな村の成り立ちを読んでも真実は分からない。だけど、私は無理矢理こう解釈した」
解釈。
あの御伽噺のようなデタラメな村の成り立ちから達山は何をどういう風に解釈したというのであろうか。混乱する拓海に、達山は教師が生徒に物を教えるように語る。
「彼女達を食人へと動かしているのは寄生虫かもしれない」
寄生虫。
そのあまりに突拍子の無い言葉に拓海は更に頭を混乱させた。
「寄生虫?」
惚ける拓海に、達山は更に語り続ける。
「君はカマキリに寄生する寄生虫を知っているか?」
達山の問いに、拓海は混乱する頭から答えを引き出し、答える。
「確か……ハリガネムシでしたっけ?」
「正解だ」
達山は真顔で再び頷く。
しかし拓海には、達山が何を言いたいのかまだ理解できていなかった。
「キヌという女が、寺を襲った野盗から逃げ延び、カマキリを食した時、カマキリに寄生していたハリガネムシが、カマキリから宿主を彼女に移したんだ」
どうすればそんな馬鹿馬鹿しい思考に行き着くのか拓海にはわからない。眉をひそめる拓海の顔を見て、達山は自嘲気味に笑う。
「あくまで私なりの解釈だ。キヌの怨霊が彼女達に食人をさせていると言った方がまだリアリティがあるだろうが、私はオカルトは信じていないのでね」
「俺もです……続きをお願いします」
達山は更に続ける。
「ハリガネムシは繁殖のためにカマキリの行動を操る力がある。それは脳を操る力で、人間の先進医学ですら及んでいない力だ。ハリガネムシが人間に寄生した例は無いが、人間に寄生する線虫はごまんと存在する。人間に寄生するハリガネムシがいても……まぁ、おかしくは無いと私は思う。ハリガネムシがカマキリからキヌに宿主を移し、キヌの脳に到達した時、彼女の生き延びたいという生存本能と男への怨み、そしてハリガネムシの繁殖本能が最悪の形で噛み合ってしまったのかもしれない」
「……まだ、よくわかりません」
「つまりだ。彼女に宿主を食われたハリガネムシが、新たな宿主である彼女の脳を操り、生存本能を呼び起こして奇跡的に彼女を生かしたんだ。ハリガネムシは彼女の脳にアドレナリンなどの脳内物質をを放出するように指示を出し、宿主である彼女を生かす。そして自らも繁殖する為に、彼女にも繁殖するように指令を出した。キヌとハリガネムシの間で生への共依存が起こり、彼女達は生物として歪な進化をしてしまったんだ」
拓海からすればそれは完璧にSFのような話であった。しかし、確かにキヌの怨霊が食人をさせているという説よりは理にかなっているような気がする。
「空腹による死の淵でハリガネムシに生かされたキヌは、増えるための生殖と、生きるための食欲が同化してしまった。セックスをして、その相手を食らう。人間であれば倫理的に許されないその行為が、キヌという生き物にとっての「習性」になったんだ。そしてハリガネムシは栄養を得た彼女の中で繁殖し、更に増える為に彼女の宿した子にも寄生した。そして生まれてきた子供達も、彼女と同じ寄生虫と共依存の関係を持つ生き物となった。彼女達は生殖と繁殖を繰り返し、現在まで生き延び続けた。そしてこの村があるわけだ」
あまりにも飛躍しすぎた話に、拓海は首を縦には振れなかった。達山自身も納得はしていないのだろう。それは自嘲気味な笑みからわかる。
「彼女達の習性は奇しくもハリガネムシの元の宿主であるカマキリに似ている。カマキリのメスが交尾の最中にオスを食らうのは有名な話だろ?」
拓海は頷く。
「この考えに行き着いた時、あまりの馬鹿馬鹿しさに笑ったね。そして気付いたんだ。この村の本当の名前はトウロウ村ではあれど、灯籠村ではないのだと」
「……どういう意味ですか?」
拓海の鈍さに、今度は達山が眉をひそめる。
「わからないかな。この村は
そこまで聞いて、拓海は達山が何を言わんとしているのかようやく理解できた。
「
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