第84話

 村の成り立ちを読み終えた達山は驚愕する。


 キヌの悲劇的な半生はもとより、灯籠の村の成り立ちは、あまりにもオカルティック過ぎた。誰かが考えた創作では無いかと思うほどに。


 達山が呆然としていると、遠くの方に複数の小さな明かりが蠢くのが見えた。村人達が達山を探して山に入って来たのであろう。


 達山は立ち上がって歩き出す。


 疲労は溜まっていたが、僅かな休息により何とか歩けるくらいには回復していた。


 どれだけ辛かろうと、生存への執念に理由はいらない。そう、キヌが悲劇的な人生を送っても生き延びたように。


 重い体に鞭を打ち、明かりから遠ざかりながら達山は思考する。


 あの創作じみた村の成り立ちの話を、どうにか達山の知識の中で完結させる理論を。


 達山は木の実や民家から盗んだ食料で飢えを凌ぎながらそれから二日間、村からの脱出経路を探りながら逃げ延び続けた。


 そして三日目の早朝、奇遇にも美咲と入った露天の温泉へと辿り着く。


 ろくに睡眠も取らず逃げ続けた達山の肉体は限界を迎えようとしていた。


 達山は休息を取るために、岩陰の裏に隠れる。


 昨夜の豪雨で達山の服はぐっしょりと濡れており、体温も低い。このままでは彼女達が手を下すまでもなく死を迎えるかもしれないと考えたが、あの日見た手足の無い男のように精液を搾り取られ、生きたまま食い殺されるくらいであれば、その方がまだ人間らしい死に方に思えた。


 ふと、遠のきそうな意識の中で、達山の思考は一つの結論に達した。


 その結論に、達山は思わず笑い声を漏らす。


 そして例の手帳を取り出すと、ボールペンでメモの続きを書き加える事にした。


 別に書き加える必要は無かった。

 だが、その結論のあまりの馬鹿馬鹿しさに、思わず書き加えようと思ってしまったのだ。まるで新聞に載っていた、ずっと解けなかったクロスワードパズルの答えのように。


 達山はペンを走らせる。


「この村は灯籠村ではない」


 そしてその続きを記そうとした時、背後に人の気配を感じた。


 ゴツ


 達山の後頭部に勢い良く何かが叩きつけられる。


 達山はつんのめり、目の前にある岩に頭をぶつけた。額が割れて、鮮血が岩に飛び散る。


 地に倒れた達山がなんとか首を動かし振り返ると、そこには太い木の棒を手にした葉月が立っていた。


「みぃつけた」


 葉月はその美しい顔に満面の笑みを浮かべる。

 意識が朦朧としていたからであろうか。達山はその顔を、思わず美しいと思ってしまった。


「昨日、新しいお客様が来たんです。だから、手短に済ませましょうね」


 そう言うと、葉月は手にした棒を頭上高く振り上げた。達山はそれを見ながら、葉月に見えぬように咄嗟にメモを千切り、岩の隙間に押し込む。


 それは、もし誰かここに訪れた「お客様」が、そのメモを見て村から逃げてくれればという思いを込めた最後の足掻きであった。


 もちろん、意味不明なメモを見て、この極楽のような村から逃げ出す者はいないかもしれない。それでも、達山は足掻きたいと思ったのだ。


 これまで生きてきた中で、達山がこんなに生に執着したのは初めてであったかもしれない。これまではどこか、嫁も子もいない自分はいつ死んでもいいとすら思っていた。しかし、達山の命は今確かに死を拒んでいる。


 達山の額に棒が振り下ろされる。


 しかし、棒の芯が達山の頭を捉える直前に、達山は動いていた。


 達山は葉月を突き飛ばし、最後の力を振り絞って駆け出す。その時、開きぱなしのウエストポーチからスマートフォンが落ちたが、そんな物に構ってはいられない。


 もつれる足で木々の中に逃げ込み、転び、転がりながらも走り続ける。


 背後から足音が徐々に迫ってくる。


 振り返る暇は無い。


 達山はただ、力の限り走り続ける。


 生きてこの村を出られたら何をしようか。


 そんな事が一瞬頭を過る。


 次の瞬間、達山の意識は背後からの一撃により闇の中に落ちた。







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