第83話

 次のページからは、一人の女の人生と、そして灯籠村の成り立ちが書かれていた。


 — 昔、時代は分からぬが数百年程前、キヌと呼ばれる一人の少女がいた。


 キヌの家は貧しく、年頃になったキヌは、幼い兄弟の食い扶持のために、父親によって娼宿へと売られた。


 そして数年が過ぎ、キヌを身請けしたいという男が現れた。


 キヌはその男に身請けされ、愛人となる。


 しかし、その男はキヌを幸せにはしてくれなかった。


 キヌを飯炊き女として扱い、暴力を振るい、乱暴に犯した。


 やがてキヌは男の家を逃げ出し、この地にやってきた。


 ここにはかつて、女だけが立ち入る事のできる縁切り寺があり、そこに駆け込んだキヌを尼僧達は手厚く保護してくれた。


 キヌは尼となり、それからは男達と隔絶された生活を送る。


 しかしある日の事、寺は野盗の集団に襲われる。


 仏罰を恐れぬ野盗達は、年老いた尼僧は殺し、若い尼僧達は犯した。


 尼僧達の中で一番若かったキヌは、他の尼僧達に助けられ、命からがら寺から逃げ出した。


 野盗達から逃れたキヌは、三日三晩山中を彷徨う。


 キヌは飢えと疲労で死にかけていた。


 そんなキヌの前に、一匹の大きなカマキリが現れた。


 そのカマキリはまるで自らを喰らえと言わんばかりにキヌの目の前でその鎌を広げた。


 キヌはそのカマキリを掴み、食べた。


 野草を食べ、虫を食べ、夜露を啜り、キヌは命を繋げた。


 そんなキヌに、突然変化が現れた。


 疲労困憊だった体に力が漲り、飢えの苦しみがまるで消え、快楽さえも覚えるようになった。


 キヌが寺へ戻ると、尼寺は野盗達に占拠されており、キヌを逃した尼僧達も皆惨殺されていた。


 キヌは野盗達に自ら体を差し出す。


 そして野盗達に犯された後、キヌは突然豹変すると、寝ている野盗達に襲いかかり、殺し、血肉を食らった。


 人を食らったキヌは、もう人里では生きてゆけぬと、その後も一人で尼寺にて暮らし続けた。


 しかし、キヌは野盗の子供を孕んでいた。


 やがてキヌは女の双子を出産した。


 キヌは子供達を養うために、人里に下りてはその身を男達に差し出し、金や食料を分けて貰った。


 しかし、その度にキヌは強い殺人衝動に襲われ、時には殺してしまう事もあった。


 そしてキヌは殺した男の血肉を食う事もやめられなかった。


 時は過ぎ、キヌの子供達はキヌに良く似た少女達へと成長した。


 その頃キヌは、双子の他に三人の娘を出産していた。


 ある日、双子の一人が血塗れになりながら寺へと帰ってきた。


 キヌが話を聞くと、娘が山で木の実を取っていると、偶然出会った猟師に悪戯をされ、犯されたのだという。


 そして、犯した猟師をつい食い殺してしまったと。


 キヌはその時気付いた。


 自らの殺人衝動が遺伝されている事に。


 キヌは子供達と共に自害するべきか悩んだ。


 そして寝ている我が子の首に手を掛けようとして思い出す。


 男達への憎しみを。


 父親、身請けした男、野盗、そして娘に悪戯をした男。


 キヌは結局娘達を殺さなかった。


 キヌはその後、娘達と共に寺の周りに田畑を作り、作物を育て、生活をする。


 そして、時折訪れる男達をもてなし、彼女達と性を交えた男は彼女達のご馳走となった。


 そして彼女達は性を交えると、驚く程の確率で子を孕み、その度に子を産んだ。


 そしてこの地には小さな村ができた。


 女だけのその村は、誰がつけたのか灯籠村と名付けられた。


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