第40話

 地面を蹴り、車に向かって駆け出す。

 車までの距離は数十メートル。

 たどり着いてドアを開けるまで十秒もかからないであろう。まだ葉月は拓海に気付いていない。しかし、数秒走った所で女児の一人が拓海の方を見た。そしてこちらに向かい指を指す。それに合わせて葉月もこちらを見た。


 車までの距離はもうあと数メートル。

 葉月が驚いた表情を浮かべながら立ち上がるが、拓海は構わず走りながら、キーに付いている赤外線ロックのボタンを押し、車のロックを解除した。そして車にたどり着いた拓海は、ドアを開けて中に乗り込む。炎天下に放置されていた車内のムワッとした空気が拓海を包み込むが、今は窓を開けている暇などない。


 チラリと見た助手席側の窓の外には、小走りにこちらへと近付いてくる葉月の姿がある。キーを差し込もうとした拓海の手は僅かに震えていたが、なんとか一発でキーを差し込む事に成功した。


 いける


 拓海はそう確信し、キーを力強く捻りエンジンをかけると、エンジンは唸りを上げてスムーズにかかってくれた。素早くサイドブレーキを下ろし、ギアをドライブに入れれば、後はハンドルをめいいっぱいに回してアクセルを踏み込むだけだ。


「待って!!」


 拓海の耳に葉月の叫び声が聞こえ、一瞬そちらに視線を向ける。

 数メートル先に見えた葉月の顔はどこか切羽詰まった表情であった。しかし、待つわけにはいかない。もしここで逃げられなければ、二度とこの村から出られない。そんな気がしたのだ。

 正面に向き直り、アクセルを踏み込もうとした次の瞬間、拓海反射的に足を止めた。


 車の目の前には、どこから現れたのであろうか。いや、最初からそこにいたのかもしれない。唖然とした表情の女児が、小さな門松に似た竹飾りを抱えて立っていた。キーを差し込む事やギアをドライブに入れる事に夢中になっていた拓海は、車の前にいた小さな女児の存在に気付いていなかったのだ。


 後一瞬気付くのが遅ければ、拓海は思いっきりアクセルを踏み込み、女児を轢き殺してしまっていたであろう。サウナのような車内で、拓海の全身に冷や汗が伝う。


 拓海が呆然としていると、助手席の窓がコンコンとノックされる。そちらを見ると、そこには眉をひそめた葉月が車内を覗いていた。拓海は観念したようにサイドブレーキを引き、ギアをニュートラルに戻して車のエンジンを止めると、ドアを開けて車から降りる。

 車内にいた時間は一分足らずであったのであろうが、外の空気が随分と涼やかに感じた。


「水上さん、急にどうしたんですか!? 危ないですよ!」


 葉月の叱責の声を聞きながら、拓海は頭をクラクラとする頭を「すいません」と小さく下げた。


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