第39話
葉月の家から民宿までの道中はほぼ一本道であったために、拓海が道に迷う事は無かった。
誰か追って来る者がいないか時々振り返りながら、駆け足で二十分ほど農道を進むと、田の脇に何軒かの民家が集まっているのが見えてくる。確かその中の一軒が葉月の家であったはずだ。
人目を避けるように民家の壁沿いに進むと、見覚えのある葉月の家が見え、その門前には拓海の車が来た時と同じ状態で停まっている。拓海はひとまず胸を撫で下ろし、ポケットの中に入れた車のキーを握りしめた。
しかし、その安心はすぐに緊張へと変わる。
葉月の家の庭には、先程会った時と変わらぬ姿の葉月と、葉月を囲む数人の女児達の姿があったのだ。
葉月と女児達は庭に敷物を敷いて、その上に切った竹を並べて何かを作っている。そういえば先程竹飾りを作ると言っていたがあれがそうなのだろう。
葉月も女児達もにこやかに笑いながら竹に細工をしており、そこだけを見ればどこの町にでもある穏やかな日常風景に見える。危険や悪意など何も無い、ただの日常風景に。
だが、拓海にとってこの村は決して安全な場所とは言い難い。彼女達の日常は、拓海にとっての日常ではないのだ。
葉月達が庭にいる限り、拓海が車に乗り込めば絶対に姿を見られてしまうであろう。
拓海は考えた。
どこかに身を隠し、庭から人影が消えてから車に乗り込むか。もしくはこのまま走って車に乗り込み、急いで発進するか。
どこかに身を隠すのは、この村に滞在する時間が長くなり、身に危険が及ぶ可能性が高くなる。一方、急いで車に乗り込み発進するとなれば、車に何か細工がされていないかを確認する事ができない。更に、下手をすれば発進する前に葉月に気付かれ、捕まる可能性もある。
考えた末に拓海は後者を選んだ。
この村にはもう一時もいたくなかったし、急がねば茂木の命が危ういかもしれない。一か八かというわけだ。
葉月は今地面にしゃがみこんでおり、周りを女児達が囲んでいる。その状態で咄嗟に動き出すのは難しいであろう。拓海は運動神経は悪くない。走りながらセンサーで鍵を開け、車に乗り込む。そして素早くキーを差し込み、エンジンをかけてサイドブレーキを外し、ギアを入れてアクセルを踏む。ハンドルをいっぱいに回し素早くUターンして、全速で村の出口へと向かえば良い。村の出口までは民宿から葉月の家までと同じで、ほぼ一本道であったはずだ、迷わず行けるであろう。
拓海は頭の中で何度かイメージトレーニングをして、大きく息を吸い込んだ。
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