第21話

 拓海は眠りの中で夢を見た。

 夢の中で、拓海は蝶のように羽根を生やし、木々の間を自由に飛び回っている。そして木の根元に美しく咲く大輪の花を見つけ、その上に舞い降りた。

 花は血のように真っ赤で、瑞々しく、たっぷりと蜜を蓄えているようだ。

 蝶となった拓海は、甘い蜜を吸おうと花弁の中心に顔を寄せた。

 その時、背後から拓海の肩を何者かががっしりと掴んだ。

 拓海は振り向こうとしたが、肩から胸にかけてを凄まじい力で押さえ込まれて、振り向くことができない。

 拓海がもがく程、胸を押さえつける何かは力を増し、メリメリと肌に食い込む。そして、もがく拓海の首元に、鋭く尖ったものが突き刺された。


 じゅぶり


 首元の肉を肉を裂き、その鋭いものは骨まで達する。

 次の瞬間、拓海の意識は闇に呑まれた。

 そこで拓海は目を覚ました。


 嫌な夢を見たな……


 目を開けて辺りを見渡すと、日は既に落ちており、部屋の中は真っ暗であった。

 拓海は起き上がり、手探りで電気を点ける。すると、明かりが点くと同時に部屋のドアがトントンと二度ノックされた。


「はーい、どうぞ」


 返事をするとドアが開き、茂木が顔を覗かせる。

「まだ寝てたのかよ。夕飯、できたってよ」

 拓海はゴシゴシと手のひらで顔を擦ると、部屋を出て洗面所で顔を洗い、茂木と共に下階に下りた。


 食堂に入ると、女将がちょうどテーブルに蓋つきの鍋を運んでくるところであった。鍋が煮える良い匂いが二人の鼻をくすぐる。

「夕飯まですいません」

 拓海は女将に頭を下げた。

 女将は「いいからいいから」と笑うと、二人をテーブルへと促す。

「いい匂いっすねー、何鍋ですか?」

 テーブルに着くなり、茂木は舌舐めずりをして箸を手に取った。女将が鍋の蓋を取ると、二人の鼻をくすぐる匂いは更に強くなり、湯気が頬を撫でる。そして鍋の中を見た二人はギョッとした。

「お、おばさん。これ、なんですか?」

「あら、二人とも初めて? これね、すっぽん鍋」

 鍋の中心には亀の甲羅がそのままの形で入っていたのだ。

 拓海も茂木もその存在は知ってはいたが、実物を見るのは初めてで、まさか甲羅が丸々入っているとは思わなかったのだ。よくよく見ると、鍋の端にはすっぽんの首が浮いており、拓海の方をじっと見つめている。

「これ、甲羅も入れるんですね」

 拓海が鍋の中で凄まじいインパクトを放つ甲羅を見ながら呟くと、女将は菜箸で甲羅をくるりとひっくり返す。

「ほら、ここにプルプルしたのがついてるしょ? ここが美味しいのよ」

 女将が指した部分には、確かにプルプルとした白っぽいものがついていた。

「さぁ、熱いうちに召し上がれ」

 女将に促され、二人は鍋を取り分けて恐る恐る箸を伸ばす。初めて食べたすっぽんの味は豚肉に近いもので、非常に美味であった。女将が出してくれた日本酒も、これまた鍋によく合い、二人は至福の時を過ごした。

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