第20話

 二人が民宿に戻ると、ロビーでは女将が掃除をしていた。拓海が女将に連泊したい旨を伝えると、「あらあら、この村が気に入ってくれたんだね。いつまで泊まってもいいからね」と微笑みながら二つ返事で了承してくれた。

 宿泊代については、驚くべき事に女将は今日も無料で構わないと言う。拓海は「流石にそれは申し訳ない」と言ったのだが、やはり昨日良子を助けた事を理由に、どうしても宿泊代は受け取ってくれなかった。


 二人は二階へと上がり、それぞれの部屋の前で別れた。

 拓海は自分の部屋で畳に寝転がり、天井を見上げながら、なぜこの村の人々が拓海達にこんなに良くしてくれるのか考えた。

 良子を助けたお礼だからとか、男を性的にもてなすのがこの村の風潮であるとか、女将や葉月は言っていたが、それにしてはあまりにもという気がしないでもない。それがこの村の人々の在り方であるのならば、もちろん拓海がそれにケチをつける資格はないのだが、やはり何かが引っかかる。


「うまい話には裏がある」


 それは拓海の母親の口癖であった。

 拓海の実家は以前はそこそこ裕福な家庭であったのだが、拓海がまだ中学生の頃、父親が古い友人から持ちかけられた「未公開株」への出資の勧誘を受けて、それに食いついてしまい、財産の大半を失ってしまった事がある。それが原因で父親と母親は離婚し、拓海は母と共に住み慣れた家を離れ、母方の祖父母の家で暮らすようになった。

 幸いな事に祖父母は拓海に優しく、生活面でも学費の面でも全面的に支援してくれたのだが、時折母親が父親の話をするときには必ずといっていいほど「うまい話には裏がある」と口にしており、その言葉は拓海の鼓膜にこびりついていた。


 自分にそのような過去があるから悪い風に考えてしまうのだろうかと拓海は思ってしまう。確かに村民達は不自然な程にもてなしてくれている。しかし、それに裏があるとしてもどのような裏か全く想像がつかない。

 拓海達から金品を巻き上げるつもりだとしたら、いかにも貧乏大学生風な二人を狙うのは馬鹿げているし、誘拐してどこかに売り飛ばすにしても、二人が村に来た時点で縛りあげれば良いだけの話だ。

 そもそも村ぐるみでそのような事をするなど、東南アジアの発展途上国ならまだしも、現代日本においてあるはずがないだろう。


 俺達を太らせて食べるつもりだろうか。ヘンゼルとグレーテルじゃあるまいし。


 拓海は考えるのをやめ、昼寝でもしようと目を瞑る。

 昨日の長旅の疲れが残っているのと、食後であることもあり、もったりとした眠気が拓海の意識を包みこむ。拓海はそれに身を任せ、緩やかに意識を沈めていった。

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