第88話

 監禁されていた部屋から出ると、そこには窓の無い壁に囲まれた木造の薄暗く細長い廊下が伸びていた。今いる場所は達山が言っていた寺の中なのであろうか。

 廊下の先には上へと続く階段があり、葉月は拓海が転ばぬように気を使いながら廊下を進み、階段を上った。そして階段の上にある扉を開け、潜る。拓海が扉を潜ると、葉月はその扉を閉め、鍵をかけた。


 辺りを見渡すと、そこには左右に廊下が続いており、左側の廊下の先には月に照らされた外が見え、右側突き当たりには大きな戸があった。部屋にいた時から聞こえていた嬌声は、どうやらその戸の奥から聞こえてくるようだ。


「こっちへ」


 葉月は外の見える方へと拓海を誘導する。

 廊下を抜けると、そこには古めかしい建物に囲まれた中庭が広がっていた。やはりここは寺の中で、拓海達が監禁されていたのは地下だったようだ。

 拓海がどれだけ眠っていたのかわからないが、空に月が上っている事から、少なくとも数時間は経過した事がわかる。


 葉月は拓海を庭へと下りる階段に腰掛けさせると、自らもその隣に座った。拓海はもしかしたらこのまま逃してもらえるのではないかと思ったが、ふと見た葉月の顔にべっとりと付いているものを見て思い直す。

 葉月は口元を軽く拭うと、庭先を見つめながら口を開いた。


「正直、お二人には少しだけ申し訳ないと思っているんですよ」


 二人とは拓海と茂木の事であろうか。

 拓海は先程から気になっていた疑問の一つを口にする。


「茂木はどこだ?」


 しかし、葉月は拓海の質問には答えずに言葉を続ける。


「母を助けてくれたのに、こんな事になってしまって。あの日母が車で外に出ていたのは、達山さん。さっき拓海さんが部屋に一緒にいた人を探すためだったんです」


 拓海はなぜあの日、良子があの場にいたのかを理解した。もっとも、知ってどうなる情報でもなかったが、ただ自分の運の無さに嫌気がさす。達山には悪いが、達山がおとなしく村人達に食われていれば、拓海達がこんな事になる事はなかったらしい。


「ただ、私達はこういう人間なので、これから起こる事に関しては諦めてくださいね」


 それは無情な言葉であった。運が悪かったと思って諦めてくれ。葉月にとって拓海の命はその程度のものであり、命を奪う事が当たり前なのだろう。


「外の世界で生きている人からすれば、私達の事が異常に思えるかもしれないです。でも、そんなに悪くないと思いませんか? だって、自分の子孫を残せるのですから。生き物にとってこれ程嬉しい事はありませんよね?」


 葉月はさも当然のように拓海に語るが、拓海にとって、それはとても理解できるものではなかった。


 生き物が生きる理由。その根本には繁殖する事がある。子孫を残し、繁栄し、後世に繋げてゆく。大半の生き物はそのために生きている。人間だってそれは変わらない。だが、だからといってそのためだけに生きられるか、繁殖できるなら死んでもいいかと言われれば、その答えはNOだ。特に人間はそうであろう。


 葉月の言うことは、まるで虫や植物の世界の理論である。

 拓海はとても「そうだね」とは言えなかった。

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