第89話
葉月は僅かに笑みを浮かべる。
「わかりますよ。そんなに単純ではないって。私だって人間ですから」
人間、達山の話を聞いた後では、葉月の主張はあまりにも白々しく思える。もし達山の言っていた事が真実であるのならば、彼女達は繁殖のために雄を喰らう、人の形をした化け物である。
拓海は以前葉月が言っていた事を思い出す。
「満足して貰えなければ、私達は人ではいられない」
それは彼女達が男達をもてなす理由に直結しているのであろう。
「この村を訪れる方々にも、それまでの人生や生き方があります。その方々の命を、私達の都合で無条件に奪う事を、私は、私達は良くは思っていません。でも私達は私達の生き方を変えられない」
その先の言葉は大方予想ができた。
「だから私達は、この村を訪れた方々をもてなすのです。せめて少しでも満足した死を迎えられるように」
つまり彼女達のもてなしは、これから死にゆく者達への「情」であり、これから喰われる男達への「いただきます」なのだ。その命を、血肉を、人生を。
「ただ命を奪うだけでは、私達はただの動物や昆虫に成り下がってしまいます。それが私達には嫌なのです。どんな生き方をしていても、私達は人間。それを忘れないために、私達は皆さんをもてなすんです」
そう言った葉月の顔は悲しげであった。普通の人間達とはあまりにかけ離れた生き方をしていても、彼女達は人間でありたかったのだ。だから村を訪れた男達をもてなし、その命に感謝してから犯し、喰らうのだ。食事の前に「いただきます」をするのは人間しかいない。拓海達が普段何気なくしている事が、彼女達にとっては自分が人間である事を主張する、大切な手段なのだ。
「中にはもてなしをしなくてもいいって言う人もいますけどね。私はそんな事言う人はもう人間じゃないと思っています。ただ本能のままに増えて、本能のままに殺すなんて、そんなのは人間ではないただの化け物ですよね」
葉月のその主張は間違ってはいない気もする。
しかし、本能で人を喰らう限り彼女は化け物に他ならない。もし拓海の隣に座る彼女が本当に人を喰らうというのであれば。
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