第90話
彼女達を動かしているのは寄生虫かもしれないと達山は言っていた。そして昼間に拓海が見たように、彼女達の目の奥に何か蠢くモノを見たと。あれが葉月達に食人を働かせている寄生虫なのだろうか。
月明りに照らされる葉月の顔はやはり美しい。彼女の顔を見て食人や寄生虫などという言葉を連想する者がどこにいるであろうか。しかし彼女が化け物であるという事は、彼女の口元に付着した赤黒い液体が物語っている。
「本当はこんな事話したりはしないんですよ。でも、私達の不手際で拓海さんを不安がらせてしまいましたから、少しでも納得してもらおうと思って」
照れたようにそう語る葉月は、まるで恋人にちょっとした秘密を打ち明けるかのような口調である。不手際とは達山の事であろう。彼がいなければ拓海達はあと数日彼女達のもてなしを受けた後、あっさり捕らえられて、訳もわからず殺されていたはずだ。その方が葉月達にとって都合が良かったであろうし、拓海達にとってもそちらの方が幸せだったのかもしれない。死を待つ死刑囚の気持ちなど味合わずに済んだのだから。葉月はそれを少しでも和らげようとしているのかもしれない。
だが、拓海には葉月のぶっ飛んだ自己擁護よりも聞きたい事がある。
「茂木はどこにいるんだ?」
拓海は葉月に先程と同じ質問を投げた。
茂木の無事が気になるのは、もちろん友人として茂木のことを心配しているという事もある。だがそれ以上に、一人でいる事が不安だからだ。例え絶望的な状況でも、信頼できる友人といればどれだけ心強いであろう。拓海の心は今、深い不安の中に沈んでいる。今はただ茂木に会いたかった。
葉月は拓海の質問に、焦らすように少し考えると、拓海を立ち上がらせて、手を引いて建物の中へと歩き出したした。そして先程出てきた扉を通り過ぎ、奥へと続く扉へと向かう。
扉の前に立つと、先程まで扉の奥から聞こえてきた女達の嬌声はもう聞こえては来なかった。代わりに、ぴちゃぴちゃという水音のような湿った音が聞こえてくる。扉の隙間からはあの香炉の匂いが漏れており、拓海の鼻をくすぐった。
嫌な予感がする。
その中を見たくない。
拓海はそう思ったが、もう遅かった。
拓海が止める間もなく、葉月が扉を開ける。
開いた扉の向こうからは、むせ返るようなあの香炉の匂いと、強烈な生臭い匂いがした。
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